私たちの本棚
—田辺 聖子 著—戦いすんで残るもの—姥ざかり
白砂 富子
1
1慶応大病院中検
pp.182
発行日 1983年2月1日
Published Date 1983/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543205424
- 有料閲覧
- 文献概要
ともかく並のお婆さんではないのです.75歳足腰達者,毛もふっさり,歯も目も不自由はしていない.だから朝の八時に電話で亡夫の友人細木氏(80歳,見るからに老人くさく話題はグチか昔話のこの爺さんとは波長が合わない)に起こされると,こんなに朝早く,と腹が立つのです.
歌子さんは船場の服地問屋の"ご寮人さん"だが,天満の小商人の娘で庶民的な家庭に育った彼女には古いのれんをほこりに,世間への見栄としきたりを守る船場のかたぎになじめなかった.だから戦後,船場のしきたりにこだわって荒波を乗り切れなかった"老舗"が多い中で,実行力のない"アカンタレ"の夫を頼らず番頭の前沢と二人で頑張ってのれんを守りぬいた.やっと楽になろうかというとき夫は死に,頼りない長男を社長に彼女が専務となり会社を持ちこたえてきたのである.しかしいつまでも現役の采配をふるいたいわけでなく,長男にわたし浮世の労苦をしつくした後の課外の自習時間を楽しんでいるのである.このため,三人の息子にも分けない自分名儀の資産をちゃんと,とりのけておいた.
Copyright © 1983, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.