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わが国の文部科学省は新興再興感染症の出現など変貌する感染症に対応するため,海外の数か国に研究拠点を設置する5年計画を2005年から開始した.これは,SARS(severe acute respiratory syndrome,重症急性呼吸器症候群.2002年),鳥インフルエンザ(2003年)騒動など深刻化する感染症が発生しても,日本人研究者には十分な情報や検体が手に入りにくく,後塵を拝する経験をしたためである.大阪大学微生物病研究所は,これを受け,タイの保健省医科学局(Department of Medical Sciences,Ministry of Public Health,DMSc)の国立衛生研究所(National Institutes of Health,NIH)の内に研究拠点を設置することになった.西宗義武センター長をはじめ日本から約10名の研究者が常駐するというかなり本格的なもので,細菌学,ウイルス学,バイオインフォマティクスの3ユニットから構成されている.2005年10月から研究器材の整備・研究テーマのすり合わせなどを進め,研究ができる体制が整いつつあった2006年3月にタイ国内でボツリヌス中毒が集団発生した.当初,この情報は当センターには入ってこず,われわれはマスコミの報道で初めて知った.そこで,今回のボツリヌス中毒事件を概説し,タイでの感染症情報伝達の現状を理解するとともに,われわれの感染症情報収集活動の状況について述べる.
2006年3月17日,世界保健機関(World Health Organization,WHO)にタイ北部のNan県で,ボツリヌス中毒の集団発生が起こった可能性があるという報告が入った.3月20日,タイ公衆衛生省はNan県Banluang郡で開かれた宗教行事で会食した170人中152人にボツリヌス中毒の症状(嚥下障害,構音障害,眼瞼下垂,腹部不快感,筋力低下)がみられたことを確認した.発病者の全員が伝統的な方法で調理された筍の漬け物(缶詰)を食べており,食後24~48時間で発病した.152人の患者のうち100人が入院し,そのうち40人が人工呼吸器による補助呼吸が必要であった.
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