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昨年末にわが国の養鶏業界および関係者を騒がせたのがH5N1型ウイルス(以下H5N1)である.無論ヒトはこの株のウイルスに対する抗体を持っていないのでヒトへの感染が懸念された.しかし,幸いなことにヒトへの感染の報告はなかった.なぜH5N1型ウイルスはこれほどまでに騒がれまたヒトへの感染がなかったのであろうか.その理由は,H1,H2およびH3株は局所感染しか起こさないが,H5N1は脳を含む全身の臓器に感染する毒性の強い株であることがトリで確認されているからである.インフルエンザウイルスが宿主に感染するためには,まずウイルスのHA(hemagglutinin,ヘマグルチニン)が宿主細胞表面のシアル酸と結合し,続いて宿主の分解酵素がウイルスのHAを開裂させることが必須である(32巻12号1367頁,図2参照).H1,H2およびH3型ウイルスのHAを開裂させる分解酵素は,呼吸器および腸管にのみ存在するので局所にしか感染しない(図1).これらの株の開裂部分のアミノ酸組成は,……アルギニン・グルタミン酸・トレオニン・アルギニン〈開裂部分〉グリシン……である.しかし,H5N1が強毒株といわれる所以は,HAを開裂させる分解酵素が脳を含む多くの臓器に存在するために全身に感染するからである.H5N1の開裂部分のアミノ酸組成は,……アルギニン・アルギニン・アルギニン・リジン・リジン・アルギニン〈開裂部分〉グリシン……で,開裂部分のアミノ酸組成と臓器に存在する分解酵素の基質特異性とが感染後の症状を左右するのである.
トリインフルエンザウイルスはヒトではあまり増殖しないのではないかと考えられている.それは,トリ-トリ間で感染するウイルスとヒト-ヒト間で感染するウイルスとのHAとシアル酸との結合の特異性に違いがあるからである.トリ-トリ間で感染するHAはシアル酸がガラクトースα2-3に結合したもの(α2.3Gal)を,ヒト-ヒト間で感染するHAはシアル酸がガラクトースにα2-6結合したもの(SAα2.6Gal)を特異的に認識する(図2).したがってH5N1のヒトへの散発的感染報告は東南アジアであるが大流行には至らなかったと考えられる.しかし,1997年に香港でトリH5N1がヒトSAα2.6Galを認識して感染したことが確認されているので,インフルエンザウイルスのHAとシアル酸-ガラクトースの結合の特異性はあまり厳密なものではないのかもしれない1).
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