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Pre-C,C領域遺伝子の変異
免疫機構が正常で一過性感染例ではHBs(hep-atitis B surface)抗原とともに出現したHBe(hep-atitis B e)抗原が経過とともに陰性化しHBe抗体が出現するセロコンバージョン(seroconversion)と呼ばれる現象がみられ,やがてHBs抗体が産生され肝炎は鎮静化する.宿主の免疫能力がHBV(hepatitis B virus)の増殖能力に勝っていたからである.しかし,持続性感染の多くの例ではセロコンバージョンに伴ってウイルス自体が変化し,HBe抗原を産生しない変異株の出現がみられる(図1).その変異の多くは,HBe抗原の産生にかかわるpre-C領域とcore promoter領域の変異である.まず,pre-C領域において多くみられる変異は,遺伝子領域の1,896番目(nt1896)の塩基がグアニンがアデニン(G→A)に変異し,pre-Cの28番目のコドンがトリプトファンから翻訳を終止させるストップコドンに変異しe抗原の産生を途中で停止するためである.このnt1896がG→Aに変異するケースでは,同時にnt1899の塩基のG→Aの変異を伴っている.この変異がみられるpre-C領域は,pregenome RNAがコアに包み込まれるために相補する塩基が対をなすstem-loopと呼ばれる立体構造を形成する.しかし,結合の弱いウラシル-グアニン(U-G)が対をなし立体構造に揺らぎを生じる場所があり,G→Aの変異により(U-A)が対をなし立体構造が強化されてコアの中に入りやすくなりウイルスの増殖能力が増すと考えられている.HBVは約3,200個のDNAからできているが,そのうち約250個が互いに異なっており,AからGまで7種類の遺伝子型に分類できる.nt1896のG→Aの変異はHBV遺伝子型に依存しており,stem-loop構造においてpre-C領域のnt1896と塩基対をなすnt1858の塩基がCである遺伝子型AとFではnt1896のG→Aの変異は起こりにくいことが知られている(図2).遺伝子型BとCが多くみられるわが国における慢性肝炎例において,セロコンバージョン後も上に述べたpre-C変異株が出現せず,代わりにcore promoter領域が変異し,pre-C mRNAの転写を抑制しHBe抗原産生の低下をきたす変異が多く見られる.ウイルスの構成上必要と思われないe抗原産生の意義は不明であるが,もともとこのウイルスにとってe抗原陰性株のほうが増殖能に適していたのかもしれず,変異によりウイルスの産生能力が旺盛になり肝炎の重症化につながることが推測されている.
重症な肝炎の例ではpre-C領域のみならずコア領域にも高頻度に遺伝子変異が起きている.変異したウイルスの抗原は宿主にとって真新しい異物であり,宿主の細胞傷害性T細胞(cytotoxic T cell,CTL)はこの新参者を徹底的に排除しようとするために,肝炎は重症化する.一般的にCTLのターゲットになるエピトープはgag蛋白質でありHBVでいえば,HBc抗原とHBe抗原である.HBe抗原を産生する野生株の感染細胞がセロコンバージョンの段階でCTLにより破壊されて野生株の排除が進む一方,Pre-C変異株はHBe抗原を産生しないのでCTLの攻撃から逃れ,感染を持続するのではないかと推測されている(図3).
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