こぼれ話
病理医の現場から
杉山 武敏
1
1神戸大学・病理学
pp.1262
発行日 1987年10月30日
Published Date 1987/10/30
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542913468
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われわれが病理学教室に入った昭和32年頃には,まだ生検・手術摘出材料の病理組織検査の特別の設備もなく,外科など臨床講座か病理学教室で私的に処理する以外に方法はなかった.2〜3年後,中央検査部(中検)の誕生とともに病理検査科が発足した.以来二十数年,気がつくと,内視鏡の発達,病理診断基準充足の必要性などから生検は膨大な業務量になっていた.生化学検査・映像検査が総がかりで推定する病名をわずか1回の組織検査で最終断定する病理診断の重みと,経済性を医療関係者はもっと重視してほしいものである.
200〜300ベッド以上の病院でも病理医を置かず,あるいは定員を十分にとっていない病院が多い.このような病院に認定病理医が命がけで奉仕する<不見識>を,ぼつぼつやめたらどうかとさえ考えるときがある.諸外国を見ると,わが国の病理学が業務に比べて最も定員が少ない.病理医の悩みは,仕事が多いことではない.限られた定員で専門分化の進んだ臨床各分野に対して満足な対応ができない点である.病理側の努力にもかかわらず臨床側に不満の声が絶えない現状が,このことを如実に示している.
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