基礎科学からの提言・16
ヒトの体質とは何だろうか—ショウジョウバエのデータからの考察
向井 輝美
1
1九州大学理学部生物学教室
pp.1203-1210
発行日 1984年10月15日
Published Date 1984/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542912330
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はじめに
ある家系の人は非常に健康であるが,別の家系の人は病気とは言えないまでも健康度の低い人が多いというようなことは私たちの身近によく見る現象である.体質の差ということばがこれに当たるものであろう.私たちの健康度は遺伝と環境によって決まるわけである.しかし悪い環境条件で育って健康度の低い者の子どもには,この低い健康度は遺伝しないが,家系のほとんどが弱い体質を持っているような家族の子は,健康度が劣ることは予測できることである.最近は環境中に突然変異を誘発する変異原物質が多く発見され,誘発された突然変異がヒトの健康度を遺伝的に下げる,言いかえると体質を悪くすることが憂慮されている.さらに医学の著しい発展は,以前なら死んでしまったであろう体質の弱い乳幼児もりっぱに成人し,子孫を残すことができるようになった.したがってヒト集団には有害遺伝子がどんどん蓄積し,ヒトの平均的体質は表面的にみればそう変わらなくても,遺伝的にみれば悪化の一途をたどっているかもしれない.
この問題は非常に重大であるにもかかわらず,人類遺伝の研究の主体が,例えば,遺伝子の塩基の置換に基づくヘモグロビンのアミノ酸の変化による鎌型赤血球貧血症のような,大きく病的症状が表れる遺伝病にあって,体質の遺伝と言ったじみな問題にはあまり注意が払われていないようにみえる.
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