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先日大学卒業50年のクラス会があり,当日出席した16名の同級生と亡くなった級友23人を偲びながら,尽きぬ思い出話に楽しい一夜を過ごした.そのころの数々の思い出のうち,自分が忘れられない1つを紹介したい.卒業後1年間のインターン生活を経て,母校の第2内科に入局して間もないころのことである.当時は現在のように臨床検査技師も存在せず,主治医が自分の受持ちの患者の検査をすべてやった時代である.検尿・検便(虫卵・潜血)・胃液の酸度測定,血球算定・血液像,心電図などはもちろん,血糖・尿素窒素・尿中クロール,細菌特にグラム陰性菌や結核菌の鏡検・培養など.
したがって,教授回診の前日はこれらの検査のため夜半まで忙殺されることは日常茶飯事であった.ある日,自分の受け持った貧血の患者に好酸球増多が著しく,Anchylostoma (十二指腸虫)の寄生が強く疑われた.早朝病棟廊下の突きあたりにある便所のわきの流しで,患者の大便を全部便漉し器に移し,水道水を流しながら,割り箸で丹念に寄生虫を探し,ようやく3匹の虫体を発見した.大喜びで翌日の教授回診の際報告したら,「雌何匹雄何匹でしたか」と質問され呆然と返事に困った苦い経験である.そのころの医療は急速に進歩した現在の医療とは比較できないほど未熟であり,主治医自身が行ったいわば手作りの臨床検査の精度や能率は現在の最先端の機器を駆使した検査に比べると遥かに劣っていた.しかし医学・医療に対する厳しさにおいてはそのころも決して現在に劣らないものがあったと思っている.また最近の自動検査機器とコンピュータシステムの接合によって精度の高い検査結果が得られ,そのデータの収集整理や印刷などすべてがシステム工学的技法が取り入れられるようになってから,本当に患者に必要な検査項目以外のものも含めたセット検査が普及しつつある.したがって,高齢者では検査過剰にならぬように十分な注意が必要である.本当に患者1人1人に必要な最小限の検査をやること,すなわちある意味で手作りの臨床検査が最も理想的なものではなかろうか? しかし日常臨床の現場ではなかなか実行し難い点も多いと思われる.先日買い求めた"ターシャ・テユーダー・手作りの世界(暖炉の火のそばで)"という本をひもといて,彼女の心暖まる挿絵,美しい写真と訳文のすばらしさに心洗われる思いであった.アメリカ人の誇りを呼び覚ましたハンドメイドのバイブルとも言われるこの本は,バーモンド州の山の中で,自然と動物に囲れて暮らす絵本画家ターシヤ・テユーダー(1915年生まれ・82歳)が生活のほとんどのものは手づくりで,このうえなく質素で優雅な19世紀の生活を現在も守っている姿を描いたものである.
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