寄生虫屋が語るよもやま話・18
もの言えぬ日本人—中国でのフィールドワーク
太田 伸生
1,2
1鈴鹿医療科学大学保健衛生学部
2東京医科歯科大学
pp.884-885
発行日 2017年7月15日
Published Date 2017/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542201329
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いくばくか政治が絡む話であるので,慎重な書き出しである.ただし,もう四半世紀以上前の話であるので,時効成立と勝手に考えて筆を進めたい.時は文化大革命が終了してさほど時間がたっていない中国・湖南省である.省の寄生虫病研究所から女性研究者(Y先生)が当時の勤務先の研究所に短期滞在して日本住血吸虫症の共同研究にあたったことがあり,意気投合して日本からも訪問することになった.私の上司を団長にして,総勢4名で湖南省の研究所を訪れて交歓を図ることになったのが1988年の11月である.当時の私の勤務先は国立の研究所で,対外的には大学の研究者よりも派遣先で厚遇してもらえたものであるが,それでも社会制度が違えば勝手が違ったという話である.
成田空港から中国民航の便で北京に入り,保健省を表敬訪問して湖南省に向かう予定であった.機材は当時でさえ少々時代がかったボーイング747-SPで,女性客室乗務員は全員がズボン姿であったのには驚かされた.空港から北京市中心部までの道は暗く,ガタガタ舗装であった.北京の街中は時節柄,白菜を満載したトラックや馬車で溢れ,纏足の女性も見掛けるなど,現在の北京からは想像もできない光景であった.保健省では日本の川崎医大の医療秘書科卒の女性が対応してくださったが,今回の中国訪問の目的を団長から伝えるうちに,彼女の表情が少し硬くなってきた.“湖南省政府の正式な許可はお取りですか?”と聞かれ,わが団長は想像していなかった質問にキョトンとしている.“正式許可書なしには何もできませんよ”と言われたものの,きてしまった以上は手ぶらでは帰れない.翌日は空路,湖南省に飛んだのである.
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