人
全国国立病院長協議会の新旧会長国立相模原病院前院長 後藤敏夫氏から国立病院医療センター院長 小山善之氏へ
左奈田 幸夫
1
1国立埼玉病院
pp.360
発行日 1978年5月1日
Published Date 1978/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541206522
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昭和53年4月1日をもって両氏の交替が3月の全国国立病院長協議会総会によって承認された.後藤氏は昭和47年前会長中田馨氏(前横須賀病院院長)より会長を引き受け満5年間勤められた.誠実で実行力に富み,人間関係のよいことは定評があり,幹事諸君や厚生省関係の方々とも協力して,国立療養所々長連盟その他の代表と一緒に国病を国民のためによくしようと,人事院や行政管理庁等から衆参両議員関係等へ要望書をもって毎年陳情して廻った.
昭和49年頃から総定員法の削減問題が起きたが,長年にわたり定員不足に悩んでいた国病の定員をこれ以上削減されては,病院機能は潰滅的打撃を受けることを憂え,全職域代表からなる要望書をもって行政管理庁に陳情にゆき辛うじて医療職のみを削減対象から除外してもらうことに成功した.さらに毎年のように除外に成功すれば,次は増員の要望書をもってまた陳情に出かけたものである.医療当直手当は,5年前から要望していたが昭和53年度から独立科目として予算化に成功した.これと同時に管理職(医一)の当直手当支給も可能になったが,現在その増額について努力中である.
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