私的病院運営のポイント
看護婦養成に関する諸問題—事務長の体験から
千葉 諭
1
1佐々病院
pp.75-77
発行日 1977年3月1日
Published Date 1977/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541206187
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私が准看養成の問題に取り組んだのは,病院に勤務して2年目の今から約15年前のことである.
遠く岩手県,青森県下まで足をのばし,寒風吹きすさぶ中,あるいは吹雪の中を若さにまかせて歩き回った.当時の准看養成の主力はなんといっても中卒であり,各地区の職安との連係プレーによって幾多の中学を訪問し,相当な成果をあげた.いま,東京で養成された彼女たちはそれぞれ故郷に帰り,結婚をし,かつ家庭と看護職を両立させていると風の便りで聞いている.それから数年間,中卒の准看養成者の募集は続いたが,時代とともに募集も少しずつ困難になり,奨学資金制度による2年間の義務年限が資格取得後の定着に災いしたのか,義務年限終了とともに退職,帰省というパターンができ上り,それが,病院の内部,特に看護婦上層部より養成期間と資格取得後の勤務年限との関連,あるいは,その間の教育努力等に対する批判が起り,長年の准看養成を打ち切らざるをえない状態にたちいたり中断を余儀なくされた時代があった.
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