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日本病院學會見聞記
吉田 幸雄
pp.27-30
発行日 1951年9月1日
Published Date 1951/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541200377
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日本病院協會の創立の下相談が始まつたのが3月であつたが實際に設立準備會が發足して學會の準備が具體的に研究されるようになつたのは5月に入つて學會準備委員として,東陽一,守屋博,菊地愼一郞三氏が選ばれてからであつた短時日に演者の申込を受付けたり,總會場の準備をしたり,學會規約の原案を作製したりしたので,随分準備期間としては無理であつたに不拘,一應學會の形が其來上り,而も未だ大學とか研究室で取扱つていない「病院管理」というものを對象とした學會であるに不拘,演者も聽者も實に多數參會しえた事は,病院管理の研究に對する實際的必要性が然らしめたものとして,特異な而も前途に絶大の期待をよせられる學會の發足であつたと思う。
從來,この學會を持とうという有志の間では,その名稱を日本病院管理學會としようといつていたが,橋本先生は「病院管理學というと對象が狭いから,事病院というものに關するものは總て對象とする學問という意味で,病院學とした方がよい」という意見を提示されたので,日本病院學會という名稱が學會名稱の原案にとり上げられるようになつた。從つてこの學問は病院經營學を中心として總合醫學,社會醫學,醫業經濟論,醫療行政論等にまで對象を擴大して行く可能性がある。
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