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第44回日本婦人科學會總會見聞記
尾島 信夫
1,2
1慶應義塾大學産婦人科
2警友病院産婦人科
pp.282-286
発行日 1949年7月10日
Published Date 1949/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1409200230
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4月26日から3日間東北大學醫學部中央講堂で催された日婦總會は眞に盛會だつた.仙臺市は環状の市内電車の内側が全部戰災にあい.青葉城も見るよしもないが,醫學部は幸に健在で,町には折柄市制實施60周年の記念行事期間中で復興氣分があふれており,地元教室の方々の行届いた設營により愉快に學會が進行した樣に思つた.本年は終戰後各教室で始められた研究が實を結び始めた事,人員資材も漸く復奮したゝめか,演題は皆内容の充實した傾聴すべきものが多く,出席者も熱心で宿題報告の時でなくとも,うつかりすると席のない有様で,討論も活發で面白かつた.詳細は學會雜誌に出るはずであるし,私は所用で全部聽くわけにも行かなかったので.私個人の印象を略記させて載くことにする.
第一日は會長篠田教授から評議員會の議決事項の報告があり,更に日本婦人科學會の發展的解消と,日本産科婦人科學會の結成とが提案され滿場一致で決定した.之で日本醫學會の分科會の一つとしての我々の會が一本になつたわけで,眞に結構な事である.
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