連載 リレーエッセイ 医療の現場から
病院で働く医療者にとっての職業倫理―「医は仁術」の再生に向けて
秋葉 悦子
1
1富山大学経済学部 経営法学科
pp.895
発行日 2011年11月1日
Published Date 2011/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541102144
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医療者の職業倫理は,ヒポクラテスの医の倫理に遡ることができる.それは元来世俗的なものだったが,後にカトリック倫理によって継承・発展させられたため,医療はキリスト教の最高の徳である「隣人愛」の実践として捉えられ,自らを顧みず病者を救済する献身的行為としての側面が強調された.「ナイチンゲール誓詞」もそれを色濃く反映する.
ところが1960年代に米国で勃発した公民権運動の結果,患者の自己決定権という新たな権利が勝ち取られ,従来の医の倫理は権威主義的であるとして排斥される.その流れは日本の学術界をも席捲したが,米国の特殊な文化・政治事情を背景に登場した,この個人主義医療倫理に対しては,いくつか重大な問題点が指摘されている.①前提とされている孤立的個人像の特異性,②医師・患者関係は,一方が病苦からの救済を求める側,他方はこれを救済する側であって,事実上対等でない.にもかかわらず,公民権の対等が強調され,両者の関係が二項対立的に捉えられる,③医療は公共財であって消費財ではないから,通常の市場取引や契約を律する法律の枠組みで捉えることはできない,等々.しかし最大の問題は,医療行為を法律上の行為に還元し,徳行としての次元を切り捨ててしまうことが,医療者のモチベーションと医療の質を低下させることである.
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