特集 死生観が問われる時代の医療
現代死生学の誕生とその広がり―なぜいま死生学か
島薗 進
1
1東京大学文学部
キーワード:
死生学
,
ホスピスケア
,
死の臨床
,
脳死・臓器移植
,
臨死体験
Keyword:
死生学
,
ホスピスケア
,
死の臨床
,
脳死・臓器移植
,
臨死体験
pp.502-506
発行日 2010年7月1日
Published Date 2010/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541101725
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■死生学とホスピス運動
現在の世界的な死生学の興隆は,イギリスやアメリカ合衆国が起点となり,近代医療の限界を自覚するところから始まった.病院は死にゆく人々のケアについて自覚的な対処をして来なかった.生物医学的な医療は病気を治すためには最大限の力を注いできた.医師は病気を治すための知識を身につける組織的な教育を受け,医学研究は痛んだ身体機能を回復するために膨大なエネルギーを注いできた.しかし,そもそも病院を訪れる人は回復して平常に戻るため,また労働や健康人らしい交流に復帰するための措置だけを必要としているのだろうか.死に向けての余生を人間らしく過ごしていくための場とそのためのケアも求められている.いや,むしろそこにこそ,医療本来のケアのあり方が見て取れるのではないか.
このことに気づいたのは,イギリスのロンドンで看護師として,また医療福祉係として病院に勤めていたデーム・シシリー・ソンダース(1918-2005)である.ソンダースは1947年,がん治療を専門とする病院で職を得たが,あるとき手術ができないユダヤ人の患者と出会った1).この患者は強制的に退院され,別の病院に移ったが,ソンダースはその患者が翌年死亡するまで,頻繁に見舞いに訪れた.悲しい死別を経験したソンダースは,死にゆく人のケアが適切になされるべきこと,また痛みを和らげる医療がぜひとも必要であることを確信し,再び学生となって医学の勉強を始めた.そして,医師資格を得てからも痛みの緩和の研究という新しい分野に取り組んだ.
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