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はじめに―なぜ社会との「広報」=情報開示が求められるのか?
病院・診療所など医療機関を取りまく経済環境はきびしい.かつてない経済不況の中で患者の医療に対する眼はますますきびしくなり,コスト意識による投薬・検査のあり方はもちろん,医療の質や安全管理のあり方など新しい要素も加わり,医療機関はこうした患者や社会からの問いかけにどのように応えるべきなのか,経営戦略や資源調達の観点から大きな課題となっている.
本来,病院の「広報」部門がそれを担うのであり,情報開示を含めて病院のPR活動が大切となっている.しかし,わが国では public relation の略であるPRは,宣伝や広報などと狭く解釈され,企業や組織が社会の中で生き残るための戦略について,社会とのより良い関係の確立という意味で理解されていない.本稿では,こうした元来の意味でのPRを「広報」という言葉で使うことにするが,医療機関が社会とどのように関係を結んできたのか,アメリカの病院の取り組みの歴史を振り返りながら,日本の特徴と課題を考えることにする.経営情報の開示を考えるうえで基本的な問題となるからである.
わが国においては,高度経済成長の中で医療に限らず,財・サービス全体が圧倒的に供給者優位の下で提供されて,消費者や患者は長く無視されつづけた.やがて,トヨタやソニーなどの製造業は世界一うるさい日本の消費者の眼にさらされ,また,きびしい国際競争を生き抜くために,明確な企業戦略ときびしい経営管理を余儀なくされ,世界に羽ばたいていったが,医療や金融などのサービス業は国内市場の調和と保護が優先されつづけた.確かに,医療や金融などの「護送船団方式」による保護行政は,戦後の経済復興や国民皆保険の普及・定着に効果的であった.しかし,今日の消費者・患者のニーズは成熟化・高度化・多様化し,サービスの質と効率化が求められる以上,企業や医療機関は市場の中でその存在理由を検証しなければならない.
医療機関(病院・診療所)は,医療保険制度と診療報酬によって保護されてきた産業といえる.この二つの制度制約だけを考えていれば,それなりに経営は維持できたのである.しかし,きびしい国際競争にさらされる他の産業界からすれば,質とコストの両面で医療のあり方には問題があり,株式会社による病院経営への参入や混合診療など医療サービスが規制改革の大きな標的とされるのも当然といえる.厚生労働省の「これからの医業経営の在り方に関する検討会」の報告書(2003年3月)が,「非営利性・公益性の徹底による国民の信頼の確保」を強調するのもこうした時代的な背景によるもので,医業経営の透明性を高める方策として,情報公開が挙げられている.
しかし,厚生労働省によって実施される「制度」ばかりを見つめてきた医療機関にとって,患者はもちろん広く社会(=医療サービス市場)に眼を向けて必要な説明を行い,必要な資源を調達することは初めての経験であろう.医師や医療機関であればフリーパス,特別レートでお金を貸してくれた銀行はもはやなくなり(それ自体,銀行の与信能力のなさの証明であるが),医療の質と効率化に対する社会的説明を求められるようになった.医療法人の経営情報の公開は,こうした文脈の中で考えなければならない.
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