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Ⅰ.はじめに
リハビリテーションを実現するのが自分の仕事だと,ウッカリと思い込んでしまっているPT・OTにとってリハビリ過程があまり進んで行かないという現実は,自己の職業的存在感を脅かすものとなりうる.
一方,障害を受けた者は,障害を治療して元通りに治してくれるのが医療者の役目だと,ボンヤリと考えながら入院している.そして,医療者の言うとおりにしていれば,そのうちに自分の思い描いているように,スッカリ良くなるはずだと思い込んでいる.
そのようにして,最初は一見「信頼関係」と見誤られるような「依存関係」から,医療という仕事は出発している.患者や医療者の中には,この「依存関係」と「信頼関係」の区別がつかない人が多いようである.
このことが,後々になって,医療者にとっては「あの患者は退院の話が出ると訴えが多くなり,甘えてばかりいる」となり,患者にとっては「必ず治してくれると思って医療者を信頼していたのに,思うように治らないうちに,結局裏切られて,まだ治らたいのに見捨てられてしまった.この状態で退院しなさいなんて,何ということか,もう病院は信用できない」というような,厳しい「見捨てられ感情」や「信頼を置く場の喪失体験」を呼び起こし,事実としての身体機能の喪失の上に,さらに人間的心情のフラストレーションを起こし,自他の比較の上に立った自己の卑小感の苦悩により,生きていく原動力である感情の摩減,他者の存在に対する信頼の断念に伴うひきこもり,心的葛藤の未表現による内面でのくすぶりと,それによるエネルギーの方向性の屈折などが生じて,人間の生存に必須の人間関係に対する信頼感をも喪失していく.
うつ状態が,喪失に対する感情反応の現れ方に大きく関与しているとすれば1),身体機能喪失の回復を図るリハビリの場では,まず第一に,器質的な障害以上に喪失を増やさないような注意が必要であることは言うまでもない.
しかしながら,現実のリハビリの場には,善意に満ち,熱意溢れる健康的なセラピスト達が多くいて,一心にその仕事に励んでいる.そのことは大変嬉しく,また頼もしいことではあるが,時によっては,それが,リハビリ過程を妨げる場合もあり得ることについて,今同はいささかの注意を喚起したい.
それは,人間が時として陥る『うつ状態』の感情の存在である.
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