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はじめに
老人の生活構造をみていく前に,まず「生活」とは何かを明らかにしておく必要があろう.ここでは,それを,欲求主体(人間)の反覆的継続的欲求充足の過程である,と規定する.しかも,その過程は,森岡清美(家族社会学・成城大学)にしたがえば,大きく三つの局面が考えられ,以下のとおりに要約される.
(1)生命維持にかかわる諸欲求から,衣食住に関する生活資材獲待という目標が設定され,労働が生まれる.この労働は,労働力の消費(資材生産)から必然的に再生産(資材消費)へと展開する.そこに,エネルギー代謝の循環過程が成立する.
(2)つぎに,労働は精神的疲労もしくは緊張を生み出すので,余暇や休養によってその解消あるいは緩和が図られる.そこから,労働意欲の低下→回復→低下という循環過程が生ずる.
(3)さらに,労働および余暇は肉体的疲労を生み,休養によってその解消が求められる.そこに,労働能力の低下→回復→低下という循環過程が生ずる.
これらの過程は,ある程度時間的にずれることによって,労働・余暇・休養の循環過程を構成する.
つぎに,「生活構造」の“構造”という概念を,欲求主体を構成する諸要素間の総体という意味で広くもちいるとすれば,さきの循環過程は,一応,生活構造とよぶことができる.しかも,人びとの生活構造を全体的にみていくとき,それは①生活水準,②社会関係,③生活時間,④生活空間,の四つを含むものと考えることができる.ここでは,そのうち,老人が一日の生活時間をどのように過ごしているか.その生活時間について概略し,その後に,都市と農村(農家)における老人の社会関係や家族のあり方に焦点をあて,その状況をみていくことにする.
まず一般に,老年期の生活構造は,壮年期のそれから大きく変化するといっていい.かりに,生活周期(life cycle)を子どもの時期,壮年期,老年期の三つに大きくわけてみると,それぞれの時期の生活構造は,おおよそ以下のような特徴をもっている.まず,子どもの時期の生活構造は,あそびと教育のために時間のほとんどが費され,壮年期のそれは,労働と自分のつくった家族(family of procreation)のために費やされている.これに対して,老年期の生活構造は,たとえば,男子勤労者であれば,定年などにより,稼得能力が減少し生活費が不足するといった事態が必然化しやすく,生活空間が縮小し,家族関係と地域生活,とりわけ余暇生活の度合が増大し,重要化する.他方,女子の場合でも,これまでの地位や役割関係は,大きく変化せざるをえない.たとえば,子ども夫婦と同居している直系家族の場合には,家計のきりもりや家事の役割などの主婦権は,嫁に委譲し,これまでの家事内容やそれに費やしていた時間は質的にも量的にも大きく変わってくるにちがいない.また子どもが成長し結婚して他出した後に出現する老人夫婦の場合には,従来,親子関係の絆が強かった生活そのものを夫婦中心の生活の型に切り換えざるをえなくなる.そのうえ,こうした過程でおこる配偶者との死別の問題は,とりわけ孤独感や生きがい喪失などにつながりやすい.
以上のようなことから推察できるように,老年期の生活は,壮年期のこれまでの生活とはちがった特別の意味をもってくるように思われる.しかも,歴史的にみれば相対的労働時間の短縮と医学の進歩などによって寿命が延び,老年期の生活構造をより複雑なものとしている.ただ,現実的には,多くの老人が年をとっても働いており,また働かなければならない場合も多数存在しているのであり,老人といってもその中味は,ひじょうに多様であることを忘れてはならない.
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