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Ⅰ.はしがき
義足の研究の歴史は,紀元前3世紀に始まったと武智は述べている1).しかし,医学的な補具として世に認められるようになったのは,16世紀に達し,アムプロワーズ・パレの出現によるといえよう.当時は,外科医と機械職人との組み合わせによって義足の開発が行われた.
医学の進展につれて,義足も,形態的な補具から,次第に機能的な補具としての要求が大きくなり,構造の複雑な進足が製作されるようになってきた.この過程においては,外科医は義足のデザイナーであり,機械職人は義足の生産者兼製作者であった.
この状態が20世紀の前半,すなわち,第2次世界大戦の終了時頃まで継続した.この時代になると,戦争負傷による切断者の数が急増し,職人の手仕事では義足部品の需要を満すことが困難になり,各国に部品専門のメーカーが誕生するようになった.
この状態に達するまでの間は,工学はほとんど義足の研究に関与しなかった.その理由の主なものを挙げれば,i)工学の誕生は19世紀の後半であり,僅々百年程度の歴史しかないので,医学用の特殊部品にまで手を拡げる余力がなかった.
ii)産業革命以後,資本主義の抬頭により,資本効率を高める手段として工学が利用され,少種多量生産主義が産業界の主流となった.そのため工学者は研究対象を機械の高速化,高能率化,高出力化に集中してきた.
iii)工学それ自体が,普遍性,再現性のある純客観的な問題のみを対象として取扱い,統計的な分布の大きい人問を対象として扱うことをタブーとして生長してきた.
iv)稀に工学が人間を対象として取り上げる場合には,機械の操作効率を向上させる目的で,正常な,しかも機械的正確さをもった,訓練をつんだ人間のみに限定してきた.ことによるといえよう.
つまり,義足は,本来,一人一人の患者に合わせて製作されるへきものであるから,工業製品というよりも,工芸品の一種というべきであるという考え方が医師や義肢製作技術者の意識の中にあり,工学本来の主流たる純客御主義では患者の要求を満し得ないと信ずる傾向のあったことも確かである.
そのため,20世紀後半に至るまでは,義足に対する科学的(又は物理,力学的)研究は種々あったが,工学的な研究というものは存在しなかったといっても過言ではない.
であるから,本稿においては,歴史的な立場から工学的な義足研究を述べるということよりも,工学そのものの方法論の変遷の概略を述べ,これと義足の研究との関連に重点をおいて扱いたいと考える.
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