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はじめに―問題の量と質
脳卒中(脳血管性障害)はわが国では特に多い疾患である。アメリカ・イギリス等では脳卒中による死亡率は心臓病,癌についで第3位であるのにくらべ,わが国では脳卒中が第1位で,次に癌,心臓病の順である。しかもその率が年々増加している。明治の後半以来死亡率第3~5位の間を動揺していた脳卒中は昭和23年にはじめて第2位となる(第1位は結核)が,当時の脳卒中死亡率は117.9(人口10万対)であった。脳卒中がはじめて第1位となった昭和26年のそれは125.2,30年は136.1,35年は160.4,そして最新の統計である40年には175.2に達している。すなわち昭和40年1年間に脳卒中を直接死因として172,258人が死亡している。日本人の総死亡率は年々減少しているから,このことは死亡者総数における脳卒中死亡の比率が比較的急速に増えてきていることを意味する。この比率は40年において24.6%,すなわち日本人の4人に1人は脳卒中で死亡していることになる1)。
このような脳卒中死亡率の増加傾向は一方では結核死と乳児死亡の激減に象徴される治療医学と公衆衛生の進歩による平均寿命の延長,人口の老年化現象によって説明される。すなわち人々は長生きするようになり,老年の病気で死ぬようになったのである。しかし他方では欧米との死亡順位の差,脳卒中死亡率にみる顕著な気候条件の影響など,日本特有の生活条件その他によると思われる因子も残されている。たとえば月別死亡率は1,2,3月が高く,最高の3月は240.0(年換算率),7,8,9月はもっとも低く,最低の8月は131.6で著明な差がある(40年)1)。また県別死亡率では東北6県が圧倒的に高く,四国・近畿地方が低い(やや古い統計だが昭和30年で最高の秋田県は265.4,最低の愛媛県は95.0でほぼ3:1に近い差があった)2)。要するに寒い時期・寒い地方に高いことが明瞭である。しかし県別で北海道がもっとも寒いにもかかわらず17位(139.5:当時の平均値をわずかに上回るのみ)に止まることは北海道の家屋の構造・労働形態その他と考え台せて非常に興味あることであり,脳卒中がわれわれ日本人にとっての運命的な「国民病」では必ずしもなく,将来生活環境その他の改善により,死亡率あるいは発生率を引下げうるものであることを示唆している。同じ日本人が愛媛に住めば脳卒中で死ぬ率がはなはだ少ないとすれば,脳卒中高死亡率が日本人の「体質的」なものでは必ずしもないといえるのである。
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