鏡下咡語
身辺雑記
古城 九州男
pp.892-893
発行日 1979年10月20日
Published Date 1979/10/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1492208985
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この五月に開かれた第八十回耳鼻科学会総会の記念式に際し八十歳以上の老医が表彰された時,被表彰者を代表して謝辞を述べきせられたが,それが意外に喝采を博したことが興味をひいたのか耳鼻咽喉科編集部から雑文を求められた。会員諸氏のお役に立つ様な事も書けないので身辺雑事をまとめて責めを果たそう。
私は大正5年旧制五高2年生の時肺尖カタルとの事で当時あつたコッホのツベルクリンの注射を受け,また大正8年九大2年生の時脊椎カリエスとなりギブスベットに寝たし,その後コルセットを着用して講義を聞いた。同11年卒業して久保猪之吉教授の教室に入局したが,間もなくラッセルが聞える様になつて1年ほど静養した。そんな身体なので暖い土佐なら良かろうというので高知ご赴任させられた。当時の高知は汽車もなく阪神からの船が唯一の交通路で荒天の日には新聞も郵便も来ないという所で,まつたく島流しの感がした。しかし土佐の燦々たる太陽,紺青の空,紺碧の海,日時絶えない果物と野菜と新鮮な海の幸などは私の弱い身体に適したものか八十歳を越した今日未だに現役として毎日診療に従事している。
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