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よく,花を見ただけで,その出品者が分る,と言われる程,ばらの花は個性が強く変化の多い花である。作る人によつて種々に変わるという事は,如何にも気むずかしいわがまま娘とも言える。私がばら作りにとりつかれてこりだしてから十二年もたつ。診療の合間をみての薬剤撒布,冬の植込前のタコ穴掘りから,はては嫌いでもないカー・ドライブをかねて,大阪方面にばら園を求めて遠出したり,ある時は同じバラ狂の友人と夜の更けるのも忘れてのバラ談議など,ばら作りの冥利につきるものがある。昨今の交通ラッシュでは昔日のよき時代と異なり,カー・ドライブはもはや楽しみと言うよりは苦しみであり,また最近ぼつぼつ流行しだした海上レジャーも帯タスキの類だし,ギャンブルは不健康であり,さりとてゴルフは性に合わない私にとつて,ばら作りはまさに一石三鳥のレジャーであり,未だにあきがこない理由でもある。私は元来コリ性で,最初は地面がなくて鉢植ばかりやつていたが,約百五十鉢を屋根の隅々までならべて,瓦はこわすし,水洩はするしで,大家さんに叱られた事があつた。露地植をする事ができる身分になつてからは,拡張につぐ拡張,ついに田圃の真中に五百坪の大農園を完成し,数百本のばらを愛培するに至つた。もともと趣味であり,人手を借りるのは不合理と思つているので,余暇を利用してできる範囲以上の事をやり,しかも自分の手でやるには,近代機械設備の利用しかないと思いつき,ここ数年来,少しずつ設備投資を行なつてきた。その結果,現在,バラマーク入りのトラックー台,大小の耕運機一台ずつ,水揚ポンプ,1.5Kの発電機,動カフンム機,ワラカッターなど,農家顔まけの農耕小屋を完成するに至つた。ここまできてはもはや気狂沙汰である。がしかし,日曜終日,農場でサンサンとそそぐ太陽の下,土に親しみ,花を友にできるのは蓋し人生の喜びであり,公害や種々の矛盾に悩む近代社会から脱却できる真のオアシスではなかろうか。花の片手間にナスや大根も作つてみているが,一石二鳥で,家族にも喜ばれている。しかし都会では土地が高くて園芸はもはやもつとも高価贅沢なレジャーであると言われる。そういえば,週刊誌で,某大会社社長が,美濃早生大根を高高と持ちあげている得意満面の写真を見たことがある。その点,まだ土地確保に余裕のある田舎の私どもは,容易になし得る事なので幸いと言わねばならない。
編集部の英断で設けられたこの鏡下耳語の欄は,まことに適切時宜を得たもので,毎月興味深く読ませて頂いており,特に私ども開業医にとつてすぐ参考になるような諸先達の秘法が沢山盛られているのは大変有難い。
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