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「鏡下耳語」に何か書くようにとの書信を受取り,さてその題名を何にしようかと考えているうち時が過ぎ,回答の督促が来,丁度着いたばかりのMedical Tribune誌(VoL.5, No.25)にDr.S.Rosenが最近中国を訪ねて,ハリ麻酔の現状を観てきた記事に逢い,とつさにこんな題に決めてしまつた。ところがその直後,昭和医大岡本途也教授らが日中友好協会から派遣されて,4週間にわたり,中国各地を巡り,親しく針麻酔,針治療の実況を視察して帰国早々というニュースを得た。そこですぐ岡本教授に手紙で照会したところ,7月21日京都で講演するという電話に接し,当日上洛して,派遣団々長近藤良男氏と岡本教授の報告を聴き,立派な映画を見せて貰つた。近藤氏は京都の針灸師で,すでに何回か渡支し,以前から中国式の針治療をやつた人であり,「毛沢東思想とハリ」(青年出版社)の近著がある。そんなわけで,一度書きかけた原稿も反古にして稿を改めた。したがつて話も両氏からの受売りか,代弁になりはしないかと懸念する。
私は戦後数年中共に抑留され,中国人医師達の中で働いてきたため,東洋医学には多少の関心を持つて帰つた。種々の漢薬の使い方や奇妙な効果にもひかれたが,東洋医学と西洋医学との違いが,漢医は疾患別よりも個人差による症状の違いを重視するところに興味を覚えた。われわれの学んだ西洋医学では薬剤にせよ,手術やその他治療法にせよ,すべて何%の有効率かという風に,ある種の疾病にはどんな薬が効く,どんな手術や照射法がよいという工合に疾病を標準にして指示され,個体差に大した配慮を払わず,僅かにアレルギーや特異体質を問題にするに過ぎない。動物と人間とはもちろん,人間個体間でも症状の現われ方,薬剤の有効性は著しく違つていることは衆知のことで,この点東洋医学的再検討の必要性を常々痛感してきた。
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