- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
I.まえがき
tympanoplastyは鼓室tympanumの成形手術であるから,手術の中心はtympanumにあつて乳突蜂巣mastoid cellにはないのであるが,手術はmastoid cellの開削まで併せて行われるのがほぼ慣習的にさえなつている。それはchronicotitis media(chr. o. m.)はtympanitisとともにcellulitisを合併してのものであり,chr. o. m.はchronic mastoiditisであるという考え方によるものである。しかし炎症が存在するということと,その部分を手術的に除去しなければならないということとは別個の問題である。われわれはchr. o. m.の従来の手術では,病変の中心はむしろmastoid cellにあると思つて,この部位の削除を完全に行なうことに手術の重点をおいていた。tympanum内の手術は,時にはそのままにしておいて,mastoid cellのみを手術することにして,これを保存的なradical operationと呼んだ。従来のchr. o. m.に対するこうした態度が強い支配力を持つて,tvmpanoplastyにおいても,mastoid cellを削除するという考え方は変らなかつた。しかし抗生物質時代に入つて感ぜられることは,chr. o. m.では―cholesteatoma otitisを除いて―tympanumとmastoid cellとにおける病変の程度が異なつている場合が多く,aditusの部分でこの両腔が遮断されている例も極めて多いことに気付いた。chr. o. m.に起つている耳漏は必ずしもmastoidcellから出るものでなくして,tympanumそれ自身から分泌されていることが明らかな例も少なくないことを知つたのである。そうしたことから,私らはchr. o. m.の多くの例では,耳漏を止めるためにはmastoid cellはたとえ粘膜は正常でなくても,必ずしも削除しなくてもよいのではないかと思うに至つた。
後藤(敏)は,「tympanoplastyにてmastoidcellは如何に取扱うべきであるか」の題目の下に1960年の新潟における日耳鼻総会において,鼓室成形術のsymposiumにその意見を発表して,mastoid cellは多くの場合に削除しなくともよい理由を述べた。この意見に賛成する者が意外に多く,発表はしないが同様の意見を持つている人の多いことも知つた。この場合に問題になつたのはmastoid cellの削除の限界である。tympanoplastyにおいてmastoid cellは削除しないとしても,すべての例というわけにもゆかないとなると,その手術の適応の線を何処におくかということであつた。本誌の要請もこの問題に対する私らの答弁についてである。
Copyright © 1962, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.