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まえがき
喉頭の淋巴系が近年臨牀的に非常に注目されて来た。それは喉頭癌の局所慢延拡大並に転移に極めて重要な意味を持ち,その確実な知識は喉頭癌の診断並に治療上極めて重要である事が分つて来たからである。
喉頭領域の淋巴系に就いての研究論文は現在に至るも寥々たるもので,最も古い報告はMasca—gni (1785)の簡単な記述に始まる様であるが,其の後Teichmann (1861)は喉頭粘膜に於ける淋巴毛細管の分布に注意を払つているらしいが,其の原著を見ないのは遺憾である。彼の"Lusschka"S"Der Kehlkopf"(1868)の中の之に関する記載はTeichmannに拠る様である。次でSappey(1874)は彼の名技である水銀注入法で有名な淋巴系の研究をなし,喉頭淋巴毛細管の一般配列を,淋巴管との関連周囲淋巴節に対する最終分布をも記載している。次でPoirier (1887)はSappeyの報告を本質的に確認すると共に更に喉頭淋巴管網の発達分布状態は声帯を境として其の上及び下部両領域に於て異なり,前者の粘膜下層には豊富な淋巴網の形成を見るが,後者のそれには其の管網発達弱く,只其の上方より気管に下るに従い漸次豊富となると述べている。併し未だ充分研究されていないが,真声帯部,即ち中間帯と区別出来ると云う見解である。其の後(Most(1906)はGerotaの法「プレシヤン」青2.0「テレピン」油3.0を乳鉢でよく磨粋し,「エーテル」15.00ccを加えてその新鮮濾液を毛細硝子管にて組織に注入する)を利用して,大体Poirierの見解を確認し,尚仮声帯,喉頭洞が最も緻密な淋巴綱を形成して居る事を補遺した。Cuneo(1902), Santi (1904),横川(1925), Rouviere(1931), Guement (1934)殆んど同じ様な見解を述べている。最近宮崎(1933)は「ベルリン」青注入により始めて喉頭透明標本並組織標本で従来の諸家の見解を確認すると共に淋巴網は固有層と粘膜下層の中に二層をなして存在し,固有層の淋巴網は粘膜表面に向い其の固有膜の近く迄伸展し,喉頭洞の径の太い淋巴管は洞状を呈し疎な網目を造り粘液腺の輸出管の間を貫通していると云う。喉頭淋巴系に関する形態学的研究は以上の様に10数篇であるが,声帯の淋巴系に就いての記述が少いのを知つた。そこで著書は喉頭癌殊にその蔓延状況を研究するに先き立ち喉頭領域殊に声帯部の淋巴系を水銀注入法,墨汁ゲラチン注入法に依つて透明標本,組織標本に依つていささか補造する処があつた。最近Bara—dulina (1954)は「ベルリン」青「カドミウム」黄を用いて検索し喉頭淋巴管の輸入節に就いて補遺している。著者は此処で諸家の報告並に私の観察を基として喉頭内淋巴系,その輸出管,その関係淋巴節に就いて概説を試みてみる。
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