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初夏の夜風も快い5月28意の羽田空港にホノルル経由のPAA機が到着したのは恰度予定通り午後9時50分であつた。日仏医科会長の三浦岱栄教授と佐野,作道,国重君と鈴木安恒君と私とが待受けているとやがて3人の仏国入が到着場の階段から姿を現わした。一番脊が高く銀髪痩驅の紳士がアルマン・ベラール仏国大使,之と並んで少し低目ではあるが5尺8寸位はあろう偉丈夫がジヨルジユ・ポルトマン教授,少し離れて大使館文化部長のトフアン氏であつた。直ぐに吾々との初対面の挨拶が交わされたが全部フランス語であつて難しい事は国重君が通訳したので明日の講演会の準備の打合せが略済んだのが10時半。講演題目の確認,映写機の模様,フイルムの性質,スライドの枚数,黒板と色々準備が要るし又講演の運び,又その後に計画されたポルトマン歓迎のビールパーティー等等,準備委員を引き受けられた耳鼻咽喉科会員の協力的な動きに対しては,ビールパーテイの時仏国大使や大使館の参事官達が「実に良く organizedされた学会ですね」と賞賛された言葉も決して一片の外交辞令では無い事は幾度も繰り返えして皆に語つた事でも首肯けた。之も我々耳鼻咽喉科会員の結束の賜物であつて外国の人達をも驚歎させた様に感じて愉快でならなかつた。29日のポルトマン教授講演会は定刻午後3時半日本医師会館の4階講堂で開催された。之は日本医師会,日本耳鼻咽喉科学会,日仏医科会共催の形式を採つた。講堂は定刻迄にギツシリと詰つた事は此種外人の講演会としては珍らしい。演壇の後壁には日,仏両国旗が仲良く飾られて教授を迎えるに質素の中に国際的なニユーアンスを漂わして良かつた。人も知る如くポルトマン教授は仏国医学アカデミー会員で現在はボルドー大学名誉学長を兼ね又ジロンド県選出の上院議員で外務,担当委員でもある為か学会場には仏国大使自身聴衆の一人として参事官と共に初めから終り迄3時間近い長講演に臨席していた。文化国家としての仏国の出先き官憲の態度として其の美しさに感服した。実は当日の講演内容が眩暈と喉頭癌と推定されていたがもう1つの「ラテン,アングロサクソン,ソビエト医学の概念」の方は途中取消しがあつたので国際的意味のためかと思ていたのであつたが前晩,羽田空港での日,仏両国の間で決まつたのであった。それは前々日,毎日新聞の学芸欄でもポルトマン氏来日の記事の中に既に以上3題を公表してあつた事と,もう1つは出迎えに来ていた大使との間の常談で癌と眩暈とでは話をきいても首がしめられて目が廻りますね」という訳で眩暈を止めて予定通りの「医学概念」に改めて時間が余つたら眩暈の治療に入ろうと云う事になつたのだが,事実上は3時間に亘る長講舌後では後のパーテイーも控えている事だし中止となりその代り翌30日の有志座談会の時に持ち越しという結果になつたのであつた。
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