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エリテマトーデス,最近44例の諸檢査及び治療成績に就て
高瀨 吉雄
1
1東京大學醫學部皮膚科教室
pp.207-210
発行日 1951年5月1日
Published Date 1951/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1491200506
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エリテマトーデス病理研究の沿革を詳述することは小さい紙幅を以てしては到底不可能であり,またこの論文の目的とする我が經驗症例の報告に直ちに必要でもない。それで茲には極めて大まかにその變遷を顧みるだけにする。
初めに1889年Besnierの結核説あり,然るにJadassohnは1904年,本症と結核との間に法則的關係は認められぬと云い,1913年には結核と病原論的に關係あるものもあり,又全くないものもあると述べ,然かも本症を1種のréactio cutanéeとするBrocqに賛成して病原論的には單一のものではないとした。たゞ結核説ではその結核菌の濾過型が幾分問題となつたが,これも今日著しく發展していない。結核説に次いで現われたのは梅毒説で,1910年頃から本症,就中急性型にワツセルマン反應陽性例がReinhart, Hauckその他に認められ,又フランス學者の一部,Leredde, Milian, Sabouraud等は梅毒,就中先天梅毒に素因的意義を與えんとしたが是亦それだけで終つた。
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