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医者であるわれわれにとっての最大の使命は患者の病を癒し,苦痛を和らげることである.われわれ脳神経外科医に求められることはまず良い手術者であることであるが,その定義は時代により,人によっても異なる.この話題はすでにこの“扉”をはじめ様々な場所でとりあげられてきたが,本欄執筆を機に自分なりに良い手術者となるための心構え,要件といったものを整理しsensible,simple,smooth,sophisticatedの4項目(4S)でまとめてみた.
まず,sensibleとは良(常)識を備えた人間であることである.外科医のみならず医者にとってこれは不可欠なことである.いかに優れた能力をもった人物でも常識を欠くと恐い.外科医の場合は「メス」が「ドス」になるから(森 政弘著“「非まじめ」のすすめ”講談社文庫より)である.一時期,脳神経外科医の治療に対する果敢な前向き姿勢を鼓舞する言葉として“aggressive”という言葉が学会等でよく使われた.先週ローマで開かれたヨーロッパ小児神経学会の講演でもしばしば耳にした.私には当初よりこの“aggressive”が患者を人と思わない不遜な響きを持つ,患者本位の現代医療にはそぐわぬ言葉と感じてきた.脳神経外科をはじめて間もなく,当時の直接頸動脈穿刺による脳血管撮影や患者を数日間“死ぬ思い”の苦痛にさらす気脳撮影などの検査や,マイクロサージャリ以前の結果の芳しくなかった“果敢な手術”に違和感を抱き,自らのpolicyを表す言葉として“less-invasive neurosurgery”を思いついた.ちなみに,この“less-invasive”のpriorityが小生にあるかどうか確かめたことはないが,当時あまり使われていなかったキーワードであったことは確かである(コンピュータとNO-GEKA.日外宝51巻(5),1982).15年以上も前のその当時は,何事も高度成長時代でこのスローガンは消極姿勢ととられたように記憶している.しかしその後,この“less-invasive”は脳神経外科関連の学会のプログラムなどでよく目にするようになり,最近はやりの“minimally invasive”にも通じている.手術上達の第二の要件はsimpleであることである.芸術や文学など特殊な分野は別として,何事もシンプルに越したことはない.手術に際しては手術台,麻酔者,モニター機器などの配置や各種コードやパイプなどの走行もできるだけ単純な形に整えておく.手術のstrategyも単純な基本操作を合理的な形に組み合わせて構成する.基本的な知識をしっかり身につけ基本的技術を確実に修得しておけば,術中不測の事態が起こっても何かと乗り越えられるものである.最近の手術にはマイクロやドリルシステム,レーザメス,超音波メス,血管内手術,内視鏡など様々な機器が導入され,新たな術式も次々と考案されている.確かに手術成績は飛躍的に向上してきているが,それに伴い選択肢は増え複雑化の一途を辿っている.中には金と手間ひまかけさせる以外の何物でもないと思われるものや,非侵襲性を看板にしているが一旦合併症を起こすと手の打ちようのないものも含まれている.安全で確実なものをめざす医療の潮流のなかでこのようなriskyなものはいくらminimally invasiveでもご遠慮願いたいものである.第3はsmooth.手術に先立ち充分な検討,準備を行い,一旦,麻酔が開始されたならばその後の流れが淀まぬよう2手,3手先を読みながら操作を進める.結果的には“speedy”に通じる.手術が新たな局面を迎えるたびに討論会が始まったり,用意されてない器具類を次々に注文し手術を中断させるなどはもっての他である.第4の要件sophisticatedとはマンネリに陥らず,より洗練された手術を目指すという意味である.手術は芸術とも言われる.磨き抜かれた技術とヒューマニズムに裏打ちされた知性と感性,これらが相俟って素晴らしい作品ができあがる.
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