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I.はじめに
癌研究の究極の目標は,発癌のメカニズムを解明し,癌を予防あるいは根治させることにあるが,脳腫瘍の研究についても同じことが言えよう.発癌のメカニズムを究明することと癌遺伝子(oncogene)の働きを詳細に調べることは,今では同じことを意味するが,そもそも癌遺伝子の発見とその研究は,1970年代半ばに始まったRNA型腫瘍ウイルスの分子生物学的解析に遡ることができる.この間,特に最近の数年間の癌遺伝子に関する研究の急速な進展には目を見張るものがあり,ヒト脳腫瘍についてもそれらの発生,増殖,分化の機序を遺伝子レベルで理解できるようになりつつある.現在知られている癌遺伝子は,もともと正常な細胞の増殖あるいは分化にとって重要な役割を果たしている遺伝子(原型癌遺伝子,cellular proto-oncogene, c-onc)の変形である場合が多い.従って,このような既知癌遺伝子から産生される蛋白質(癌遺伝子産物,oncogene product, oncopro-tein)は正常細胞が産生する蛋白質と良く似ているが,本来の機能の変化とか異常な発現などが原因となって正常な細胞の増殖抑制あるいは分化の機構が障害され,その結果,細胞の癌化が惹起されるものと考えられてきた.ところが,このように癌遺伝子の活性化が発癌に直接関与していると思われる優性変異に加えて,近年,正常な細胞において癌化を押さえる働きをしていると考えられる癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene, anti-onco-gene)の実態が見事に捕えられつつある.癌抑制遺伝子の不活性化,つまり遺伝子の劣性変異によって説明可能な腫瘍が相次いで判明しつつあることは,実に衝撃的な知見の進展と言える.ヒト脳腫瘍の発生機序についても,上述の二つの観点から研究が進められている.一方,プログラムされた細胞死(programmed celldeath; apoptosis)とか細胞の老化(senescence)など既に以前よりよく知られていた現象が,近年の分子生物学的手法を用いた研究により最近再び脚光を浴びている.一方,治療に関する研究では遺伝子をターゲットとしたいわゆる脳腫瘍の遺伝子治療が開発されつつあり,近い将来治療面でのブレークスルーが期待される.本稿では,まず種々の脳腫瘍における既知癌遺伝子の活性化に関するこれまでのおもな知見を紹介し,ついで癌抑制遺伝子,細胞死そして細胞の老化と脳腫瘍との関わりなどについて最近の研究成果を概説し,さらに脳腫瘍に対する遺伝子治療の開発の現況についても言及する.
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