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第Ⅱ部 ブッダの心理学とフリーマン理論(続き)
3.ブッダの思想
1) ブッダの思索の出発点
ブッダはネパールに近いインド北部の小国の王子として生まれ,何不自由なく育ったのであるが,「四門出遊」の伝説では,たまたま,都の東西南北にある4つの城門から外出し,それぞれ老人・病人・死人・出家者を目の当たりにして,深く心に感じるところがあったために出家を志したという4,11).つまり,ブッダに出家を促した直接の動機は民衆の苦しみに対する深い同情であり,それはバラモンやさまざまな主義主張を有する沙門が求めていた自分自身のみの救済(アートマンとブラフマンの合一による輪廻からの脱却)とはまったく方向が異なるものであった.ブッダは家族を捨て,一沙門として遍歴しながらヴェーダ・ウパニシャッド哲学や六師外道の思想を吸収し,また自らもバラモン(おそらくジャイナ教)の伝統に従って苦行に励んだが,旧来の,また当時の思想のいずれにも自分が求めているものを見出すことができなかった.こうしてブッダはまったく新たな思考のパラダイムの樹立を目指したのであるが,それは生きとし生けるものに対する同情の念(慈悲喜捨の四無量心)を中心軸として旧来の思想を「脱構築」し,あらゆる人間の(精神的)救済を可能ならしめるような教えである4,9-12).
最初の説法(初転法輪)において,ブッダはその悟りの大要を,苦・集・滅・道の「四(聖)諦」と,8つの正しい道「八正道」として示した11).「苦諦」における「苦:ドゥッカ(duḥkha)」とは,迷いの生存は苦であるという真理である.「集諦」とは,苦の原因が渇愛などの煩悩であるという真理であり,「滅諦」とは,渇愛が完全に捨て去られたときに苦が止滅するという真理であり,「道諦」とは,苦の止滅に至る道筋が八正道にあるという真理である.ブッダは,当時行われていた極端な苦行主義や快楽主義のいずれにも片寄らない,「不苦不楽の中道」を特徴とする「八正道」によって悟りに到達したとされる.八正道は,正見(正しい見解)・正思(正しい思惟)・正語(正しい言葉)・正業(正しい行い)・正命(正しい生活)・正精進(正しい努力)・正念(正しい思念)・正定(正しい精神統一)をいう.中道(madhyamā pratipat)とは,相互に矛盾対立する2つの極端な立場のどれからも離れた自由な立場である「中」の実践を意味する.「中」とは,対立する2項の中間ではなく,それらの矛盾対立を超えたものであることを,また「道」は,実践・方法を意味する.
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