Neurological Surgery 脳神経外科 47巻12号 (2019年12月)

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 平成から令和に改元される記念すべき年となった2019年の3月末をもって,愛媛県立中央病院を定年退職し,41年にわたる脳神経外科手術医の人生に区切りを迎えました.振り返ってみると,多くの先達が言われてきたように,思いのほか巧く行えた症例よりも難渋したことのほうがより濃く鮮明に思い出せます.

 私が脳神経外科専門医を取得した1985年頃には,日経メディカルに「苦いカルテ」という連載があり,名だたる先輩・名医の先生方が,若いときの教訓的な実臨床での苦い経験を赤裸々に記載されており,私はもとより多くの若い医師たちに「他山の石」として愛読されていました.スポーツ選手が負けてから大きく成長すると言われるように,臨床現場でも失敗から学ぶことの大事さは,良医たるに必然の文化とも言えるもので,事の重大さから仔細は表沙汰にできない内容もあり,個人が秘めて自戒し,患者診療に反映させることで免責を得たように自己処理しているのが実情かと推察します.

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Ⅰ.はじめに

 神経原性腫瘍(neurogenic tumor)は,神経線維に由来するものと神経節に由来するものに大きく分けられるが,神経線維に由来する腫瘍としては神経線維腫(neurofibroma)と神経鞘腫(schwannoma)がある.それぞれ大半は良性であるが,悪性腫瘍も存在する.

 現時点では,神経原性腫瘍の手術をどの臨床科が扱っているのかが非常にわかりにくい状況になっている.皮下軟部腫瘍との判断で手術を行えば,間違いなく神経症状を来すため,医療紛争になりやすい.

 本稿で取り上げるのは良性の末梢神経鞘腫であるが,他の神経原性腫瘍と比べてほとんど神経症状を来すことなく摘出手術が可能である.そのためには,発生母地と腫瘍と周囲構造物の関係を理解することが重要である.脳神経外科医は,頭蓋内・脊髄腫瘍としての神経鞘腫の外科治療を十分に行っているため,本来は末梢神経鞘腫も扱うべきではあるが,残念ながら日本の脳神経外科医は脳以外に興味を示さない傾向があり,経験もないため手術に考えが及ばないのが現状のようである.しかし,末梢神経鞘腫においては,周囲に危険構造物が少ない上,神経自体の構造を知ることができる絶好の手術手技である.

 本稿では,末梢神経鞘腫の手術は,神経を愛護的に扱うことを意識できる基本手技であることを示したい.

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Ⅰ.はじめに

 近年,脳ドックなどのスクリーニング頭部MRIの普及により,神経膠腫が疑われる無症候性のFLAIR高信号病変が発見される機会が増えてきている.『脳ドックのガイドライン2019』14)では,神経膠腫を疑わせる病変が発見された場合,PET/CTなどの追加検査を行い,神経膠腫が強く疑われる場合は,手術により組織診断を確定させることが推奨されている.また,疑診例にはgadolinium(Gd)造影MRIを行い,さらに2,3カ月後に再検査を行い,脳梗塞との鑑別をすることも推奨されている.しかしながら,Gd造影効果のない無症候性のFLAIR高信号病変の自然歴は不明な点が多く,短期間に悪性転化する症例の報告もあり,その治療方針やfollow up間隔・期間などについては一定の見解が得られていない4,20,21)

 神経膠腫が疑われるFLAIR高信号病変に対する当科の方針は,症候性であれば精査の後に摘出術あるいは生検術を行い,一方,無症候性であれば画像経過観察を行い,経過観察中に病変の増大を認めるか,症候性となった場合には手術を施行している.

 今回,当科における無症候性のFLAIR高信号病変の自然経過を報告し,症候性病変との比較,およびその治療方針やfollow up間隔などにつき検討を行った.

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Ⅰ.はじめに

 頚動脈狭窄症は,虚血性脳卒中の主要な原因の1つである.近年の内科的治療の発展は著しく1),無症候性頚動脈狭窄症への外科的治療介入の機会は減少しつつある.しかし,虚血性脳卒中を発症した症候性頚動脈狭窄症は,90日以内の虚血性脳卒中再発が他の病型の5倍とも報告されており11,12),適切な内科的治療に加え,積極的に外科的治療介入を必要とする症例が存在する.

 症候性頚動脈狭窄症における虚血性脳卒中再発危険因子としては,脳梗塞発症例7,20),高度狭窄病変17),プラークの炎症や脆弱性を有する病変13)などの報告がみられる.われわれは,症候性頚動脈狭窄症のうち,内科的治療抵抗性に脳梗塞再発を来した総頚動脈限局病変の2症例を経験した.

 これまで総頚動脈狭窄症に関しては,その近位部(入口部)病変を中心とした治療に関する報告3,10,18,22)が散見されるのみであり,再発に関する検討の報告はみられない.頚動脈分岐部を含む内頚動脈病変に関しては,無症候性および症候性ともに多くのランダム化比較試験が存在し,治療ガイドラインも確立されているが,総頚動脈限局病変に関してはほとんど明記されていない.

 今回われわれは,症候性頚動脈狭窄症において,総頚動脈限局病変と頚動脈分岐部を含む内頚動脈病変とを分け,総頚動脈限局病変が虚血性脳卒中再発危険因子であるかを明らかにすることを目的とし,後方視的に検討を行った.

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Ⅰ.はじめに

 硬膜動静脈瘻(dural arteriovenous fistula:DAVF)は硬膜に発生する異常な動静脈短絡であり,上錐体静脈洞(superior petrosal sinus:SPS)を含むテント部DAVFは比較的少ない10).テント部DAVFは出血にて発症することが多いが,DAVFのシャントから深部静脈への逆流を来し静脈灌流障害による症状を呈することもある6)

 今回,われわれは認知機能低下症状で発症し意識障害を来したテント部DAVFの症例を経験した.両側視床の浮腫性変化と両側基底核の出血を認めた.DAVFによる静脈灌流障害と流出路の閉塞により引き起こされたと考えられた.このような経過をたどるDAVFは稀であり報告する.

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Ⅰ.はじめに

 外傷による原発性脳幹部損傷の多くは致死的であり,救命が得られても意識障害が遷延する場合が多い8).その多くはびまん性軸索損傷や脳梁損傷など,頭蓋内の他部位の損傷を伴い,損傷部位が脳幹部に限局する場合を除き,予後不良である6).外傷性原発性脳幹部損傷の機序は,外力による回転加速によって脳幹部に発生するびまん性軸索損傷,中脳にかかる剪断ひずみ,テント切痕との接触による神経および血管の損傷,頚椎過伸展による下部脳幹の損傷などとされ7),診断にはCTとMRIが用いられるが,MRIのほうが損傷の検出,局在などを把握する上でより有用である6).外傷による脳幹の損傷部位が橋腹側に限局した場合は閉じ込め症候群を呈することがあるが,閉じ込め症候群の原因の大部分は脳卒中であり,外傷によって閉じ込め症候群を呈する割合は低く10),診断に苦慮したとする報告2)もある.

 今回われわれは,外傷性脳幹部出血が遅発性に増大し昏睡状態となった後,一過性に閉じ込め症候群を呈したがその後改善し,自発運動がみられた症例を経験した.遅発性に外傷性脳幹部出血が増大し閉じ込め症候群を呈したという報告は非常に稀であり,今回,その病態生理や予後因子,管理上の注意点について考察した.

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Ⅰ.はじめに

 Internal carotid bifurcationにおける内頚動脈(internal carotid artery:ICA)形成不全(C1 dysplasia)は極めて稀な奇形であり,aplastic/twig-like middle cerebral artery(MCA)のように原始血管網の遺残を伴うことがある.今回,C1 hypoplasiaと考えられる小児の症例で,網状血管内に発生した脳動脈瘤が破裂し,くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)を来した稀な1例を経験したので報告する.

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Ⅰ.はじめに

 尿膜管癌は尿膜管より発生し,膀胱癌全体の0.17〜0.7%という稀な腫瘍である2,5).本疾患は,臨床症状に乏しいために診断まで時間がかかることや,局所浸潤傾向が強いことから予後不良な疾患である1).遠隔転移は晩期になるまでみられず10),脳転移症例の報告は極めて少ない5,11)

 今回われわれは,脳転移発症で尿膜管癌が原発と診断された症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.

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Ⅰ.はじめに

 肩甲上神経はC5,6神経根に由来し,腕神経叢より分枝して棘上筋,棘下筋および肩甲骨周囲の感覚を支配する.同神経の障害は肩甲骨周囲の疼痛と筋力低下で発症するため,頚椎疾患や肩関節疾患との鑑別を要する.肩甲上神経が障害される原因としてガングリオンが多く報告されているが,そのほかに整形外科領域では,上肩甲横靱帯による圧迫,スポーツなどによる肩関節の酷使,外傷などが知られている2).脳神経外科領域では,脳卒中後の肩の痛みに関係することに加え,頭蓋内や頚部で副神経が損傷されることで僧帽筋が萎縮し,それにより肩甲骨が転位し,肩甲上神経が牽引されることで発症する症例が報告されている5)

 肩甲上神経障害は脳神経外科医にとってなじみの薄い疾患であるが,われわれは上肩甲横靱帯と肩甲切痕による肩甲上神経の絞扼性神経障害に対して微小神経外科的アプローチを行い,良好な結果を得ることができた症例を経験したのでここに報告する.

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Ⅰ.はじめに

 遺伝性出血性毛細血管拡張症(hereditary hemorrhagic telangiectasia:HHT)は常染色体優性の遺伝疾患であり,鼻出血,肺・肝・中枢神経系などの諸臓器の動静脈奇形(arteriovenous malformation:AVM),および顔面・口腔・手指などの毛細血管拡張を特徴とする2,8,14).本邦においても5,000〜8,000人に1人の有病率と考えられ,1万人以上の患者が存在することになるが4,14),決して認知度は高くない.HHTにおいては,全身合併症の除外や血縁者のスクリーニングが必要になり,脳神経外科領域ではAVM症例を診療する場合にはHHTを念頭に置く必要がある.

 脳動静脈奇形(脳AVM)はHHTに高率に合併するが,HHTに合併した脳AVMの出血率は孤発AVMに比べて低いとされる1,2,19).今回,出血発症の脳AVMの精査の過程でHHTと診断された症例を経験したため報告する.

特別寄稿

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第Ⅱ部 ブッダの心理学とフリーマン理論(続き)

3.ブッダの思想

1) ブッダの思索の出発点

 ブッダはネパールに近いインド北部の小国の王子として生まれ,何不自由なく育ったのであるが,「四門出遊」の伝説では,たまたま,都の東西南北にある4つの城門から外出し,それぞれ老人・病人・死人・出家者を目の当たりにして,深く心に感じるところがあったために出家を志したという4,11).つまり,ブッダに出家を促した直接の動機は民衆の苦しみに対する深い同情であり,それはバラモンやさまざまな主義主張を有する沙門が求めていた自分自身のみの救済(アートマンとブラフマンの合一による輪廻からの脱却)とはまったく方向が異なるものであった.ブッダは家族を捨て,一沙門として遍歴しながらヴェーダ・ウパニシャッド哲学や六師外道の思想を吸収し,また自らもバラモン(おそらくジャイナ教)の伝統に従って苦行に励んだが,旧来の,また当時の思想のいずれにも自分が求めているものを見出すことができなかった.こうしてブッダはまったく新たな思考のパラダイムの樹立を目指したのであるが,それは生きとし生けるものに対する同情の念(慈悲喜捨の四無量心)を中心軸として旧来の思想を「脱構築」し,あらゆる人間の(精神的)救済を可能ならしめるような教えである4,9-12)

 最初の説法(初転法輪)において,ブッダはその悟りの大要を,苦・集・滅・道の「四(聖)諦」と,8つの正しい道「八正道」として示した11).「苦諦」における「苦:ドゥッカ(duḥkha)」とは,迷いの生存は苦であるという真理である.「集諦」とは,苦の原因が渇愛などの煩悩であるという真理であり,「滅諦」とは,渇愛が完全に捨て去られたときに苦が止滅するという真理であり,「道諦」とは,苦の止滅に至る道筋が八正道にあるという真理である.ブッダは,当時行われていた極端な苦行主義や快楽主義のいずれにも片寄らない,「不苦不楽の中道」を特徴とする「八正道」によって悟りに到達したとされる.八正道は,正見(正しい見解)・正思(正しい思惟)・正語(正しい言葉)・正業(正しい行い)・正命(正しい生活)・正精進(正しい努力)・正念(正しい思念)・正定(正しい精神統一)をいう.中道(madhyamā pratipat)とは,相互に矛盾対立する2つの極端な立場のどれからも離れた自由な立場である「中」の実践を意味する.「中」とは,対立する2項の中間ではなく,それらの矛盾対立を超えたものであることを,また「道」は,実践・方法を意味する.

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●外科医が臨床研究を始める前に

一読すべき名著

 院内で抄読会を行っている消化器外科医なら,Michitaka Hondaの名前を一度は目にしたことがあるだろう.ステージⅠ胃癌の腹腔鏡手術と開腹手術のアウトカムを観察研究で比較し,『Annals of Surgery』に掲載された有名なLOC-1 studyをはじめ,数々の一流誌に質の高い臨床研究を報告している気鋭の消化器外科医である.今回,「『…先生,手術は成功ですか?』こんな質問にどう答えますか!?」という帯の文句に思わず惹かれて,本書を手に取った.外科医がこれまで何となく曖昧にしてきた「手術のアウトカム」をどう評価すべきかを論じた,本多通孝先生渾身の著作である.

 数ページも繰らないうちに,私は読むのを止めた.本書は前作,『外科系医師のための手術に役立つ臨床研究』(医学書院,2017)の続編になるが,前作を読まずして本書を読み始めることがすごくもったいなく感じたからである.世上,臨床研究について書かれた本や医学統計の入門書は多いが,前作では外科医がとっつきやすいClinical Questionを例に挙げ,それを洗練されたResearch Questionに変え,臨床研究の定石であるPECOを組み立てながら研究のデザインを磨き上げていく過程がわかりやすく述べられている.ありがちな探索的研究の著者曰く“ダサい”抄録が,仮説検証型研究のポイントを絞った科学論文にみるみる変貌していく過程は圧巻である.ただしPECOのうちP(patient),E(exposure),C(comparison)は何とか設計できても,いつも行き詰まってしまうのがO,すなわちアウトカムであり,それをどうやって測定するのかが本書のテーマである.アウトカムは患者目線に立たなければ意味がないが,主観的要素が大きいため,それをデータ化するのは実は大変難しい.よい尺度が見つからなければ,自分で作らなければならない.こうしたアウトカムそのものを深めていく作業は,実は手術を受ける患者さんの生の声を形にする,外科医としての本質的な研究となる.本書を読み終えると,それが著者の一貫したメッセージとして伝わってくる.

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目次

欧文目次

略語および度量衡単位について

次号予告

編集後記 新井 一
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 日本全土を興奮させたラグビーワールドカップは,11月2日に南アフリカの優勝で幕を閉じた.私自身,横浜国際スタジアムで行われた3試合を観戦する機会を得たが,なんといっても圧巻は日本—スコットランド戦であった.観客全員が一体となったスタジアムに身を置き,スポーツのもつ力・素晴らしさをあらためて感じ入った次第である.まさに,「4年に一度じゃない.一生に一度だ.—ONCE IN A LIFETIME—」の経験であった.

 さて本号の「扉」には,河野兼久先生の「私の『苦いカルテ』—1脳外科医の41年間の反省—」と題する原稿が寄せられている.ご自身のご経験・ご苦労を淡々と記されており,大変に感銘を受けた.私も胸に手を当てて,自分自身の脳神経外科医としての半生を,自戒を込めて振り返ったところである.これから脳神経外科医としての険しい道を歩もうとする若い先生方には,貴重な道標になる「扉」であった.また本号には,浅野孝雄先生の「AI時代における脳と心」の完結編が掲載されている.内容は決して平易なものではなく,正直私もすべてを理解できたわけではないが,文末にあるニーチェとブッダとの仮想問答は示唆に富んでおり,AI時代を生きるわれわれが忘れてはならない含蓄がそこにあるように思えた.

基本情報

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Neurological Surgery 脳神経外科
47巻12号 (2019年12月)
電子版ISSN:1882-1251 印刷版ISSN:0301-2603 医学書院

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