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昭和50年代の初めであったと思うが,本欄に私の恩師である横浜市立大学脳神経外科初代教授の故・桑原武夫先生が原稿を依頼されたことがあった.そのとき先生は「手術に関する哲学のようなことを書こうと思うのだが,タイトルはどうしようか」と私に尋ねられた.私は即座に「鷹の眼,獅子の心,貴婦人の手(Falkenauge, Löwenherz, Jungfernhand)はどうでしょう」と答えたところ,先生は「それもよいね」と言われたものの,多分このタイトルでは余りにもありきたりだと思われたのであろう.結局「お茶の精神」というタイトルにされて,お茶のお点前のように淀みなく流れるような手術が理想だという趣旨の随想を書かれた3).
私がFalkenauge, Löwenherz, Jungfernhandを初めて教わったのは東京大学医学部の学生の時で,脳神経外科初代教授の故・佐野圭司先生の講義においてである.佐野先生は,「ゲーテが自分を治療してくれた外科医に捧げた詩の中に,このような一節がある」と言われながら,その詩のほぼ全文をドイツ語で紹介された.先生の教養の深さと見事なドイツ語の美しい響きにすっかり感動した私は,この3つの言葉はゲーテの詩が原典なのだと思い込んでしまった(佐野先生がそのように言われたわけではない).その後に色々調べてみたところ,ゲーテの時代よりも1〜2世紀前頃のヨーロッパで,これらは「理想の外科医の資質」として広く言い伝えられており,原典は不明であった.“Jungfer”が“Jungfrau”になっているものもあり,3資質の順序もまちまちに伝わっているが,私が表題に挙げた語順にはForte-Fortissimo-Pianoの音楽的抑揚があって一番美しいと,これまた勝手に私は思い込んでいる.
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