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「よくぞここまで…」と感じ入りながら渋谷正人先生の『扉』を拝読しました.渋谷先生は私にとって臨床に厳しい,こわもての外科医という印象がありますが,実は基礎研究にも大きな力を注がれています.本稿には名古屋大学時代,生化学,薬理学の世界に入り,cAMPの研究から血管拡張薬の開発に没頭し,現在,脳血管攣縮に最も有効と考えられる塩酸ファスジル(エリル®)の製品化に成功するまでの経緯が紹介されています.基礎研究を臨床の場で結実することは私どもにとってめったに叶えることができない夢のまた夢です.「昼夜を問わず膨大な実験」を重ねてこれを達成した渋谷先生のグループのお力に感服します.塩酸ファスジルはその後,Rhoキナーゼの阻害を主作用とすることが明らかとなりました.Rhoキナーゼは細胞の分裂や増殖,肥大,遊走,接着などに関わり,酸化ストレスの亢進,血栓形成,線維化,動脈硬化,高血圧,肺高血圧,虚血再還流障害など多くの病態に関与していることが知られてきました.Rhoキナーゼ阻害剤というきわめて特異な薬剤として,塩酸ファスジルにはさらに新たな応用が期待されています.
もう1つ,「よくぞここまで…」というのは,『海外だより』をお寄せいただいた市村幸一先生のご活躍ぶりです.ヨテボリにおける研究室の整備に始まり,Collins教授の右腕としてストックホルム,ケンブリッジへと研究室を移動しつつ活躍されていくさまには感嘆するばかりです.また先生の解説になる「神経膠腫の分子遺伝学」は込み入った遺伝子変異の細部について,わかりやすく,しかも全体像を把握しやすい形で解説していただきました.十数年前に私どもが夢見た脳腫瘍の遺伝子異常の解明や遺伝子診断の時代がいよいよ到来したことを実感させてくれるものです.
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