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本号の「扉」には,大野喜久郎教授から「今日のグローバルな社会環境と医療に関する雑感」と題する大変示唆に富む文章が寄せられている.大野教授はこのなかで,経済危機や地域紛争など現代社会の抱えるさまざまな問題の背景には,近年の科学技術の急速な進歩にわれわれ人類の精神構造が十分に対応できていないことがあると述べられている.果たして脳神経外科においては,どうなのだろうか?
脳神経外科領域における科学技術の進歩といえば,CTの臨床への導入が極めて印象深い.私が大学を卒業し脳神経外科医への道を歩みはじめた頃は,全国のほとんどすべての大学病院にCTが導入された時期であり,それまで相応の診断的価値を有していたPEG(気脳写)が,それ以降全く行われなくなってしまったことを今でも憶えている.当時,CTの出現はまさに革命的な出来事であり,血管障害,腫瘍,外傷など脳神経外科医が扱うあらゆる疾患の診断と治療に,飛躍的な進歩をもたらしたことは論を俟たない.その後,MRI,ガンマナイフ,術中navigation systemとうとう新しい機器が脳神経外科領域に導入され,さらに脳血管内治療,神経生理学的モニタリング,脊椎instrumentationなどの進歩があって,この四半世紀の間に脳神経外科は大きく変容した.果たしてこれらの技術進歩に,脳神経外科医は適正に対応してきたのであろうか?「より低侵襲により効率的かつ安全に疾患の診断と治療を行い,患者によりよい結果をもたらす」をスローガンに,脳神経外科医は良識をもってまじめにこの「科学技術の進歩」と格闘し,十分な成果をあげてきたのだと思う.しかし,最近米国では,脊椎instrumentationの過剰使用をはじめとして経済的側面ばかりが重視され,医療機材が必ずしも適正に使用されていないのではないかとの批判があると聞く.さまざまな技術進歩に派生する利益相反に対して,それがたとえ法的には問題なくとも,われわれは襟を正して対処する必要があると痛感している.また,今後さらなる発展が予測される再生医療については,その開発に莫大な費用を要することから,これが脳神経外科領域に応用されるようになれば,倫理的な問題も含めわれわれの医療人としての質が問われる局面に必ずや立たされることになるであろう.「すべては患者のために」という,極めてシンプルな原理原則を忘れてはならないと思う.
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