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臨床倫理の歴史と世界的な傾向
臨床倫理の黎明期
医療現場で遭遇する悩ましい個々のケースの倫理問題を、それぞれに異なる個別の事情を見極めながら解いていこうとするのが臨床倫理である。その起こりは1970年代初頭の米国だった。それまでの医療倫理やその後に生まれた生命倫理は、一般的で抽象的な問いを立て、客観的で合理的な答えを導き出し、理論や原理を示そうとする。これに対して、臨床倫理はケースに始まりケースに終わる。目の前のケースに向けて暫定(差し当たり)的で蓋然(腑に落ちる)的な答えをひねり出すことが目標である。それを一般定式化しようとか、非の打ちどころがないものにしよう、理論化しようなどと大それたことは考えない。
現場の複雑な倫理問題を解くには、多分野の専門家たちから成る臨床倫理委員会(clinical/hospital ethics committee)を立ち上げて対応するのがよい、臨床倫理の草創期にはそう考えられた。しかしやがて一部の医師たちがこのような動向に異を唱え始めた。医学知識や臨床経験のない人々が話し合いの場に入ることで、医療方針決定上の医師の責任が十分に果たせなくなると危惧したのだった。そのため臨床倫理委員会の任務は、個々のケースの倫理問題の解決から当該施設の倫理指針の策定へと移っていった。そこで、専門的知識とスキル、経験をもった臨床倫理コンサルタント(clinical ethics consultant)によるコンサルテーションが行なわれるようになった1。時が移り、倫理委員会は個々のケースを再び扱うようになり、医療者ではない臨床倫理コンサルタントの数も増加した。コンサルタントは事務所を開いて病院と個人契約を結んだり、臨床倫理委員会の委員ないしは機動性のある少人数のコンサルテーションチームの一員として任にあたってきた。これら三形態のそれぞれに一長一短があることはこれまでにもよく議論されてきた2。現今、米国では臨床倫理委員会ならびに少人数チームによる倫理コンサルテーションが一般的なようである。
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