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はじめに
常習的直立二足歩行の獲得は,ヒトとほかの霊長類を区別する最も重要な生物学的特徴の1つである1,2)。ヒトは,二足歩行を獲得したことにより上肢を体重支持から解放することが可能となり,四足姿勢では支えきれない大きな脳と,複雑な道具を製作し使用する器用な手をその後の進化の過程で獲得するに至った。したがって,直立二足歩行の起源と進化を明らかにすることが,われわれヒトの進化史を明らかにするうえで最も重要な問題の1つとなっており,今日まで初期人類化石の発掘調査が古人類学者により精力的に進められてきた。昨秋,約440万年前の最古のヒト科Ardipithecus ramidusの全身骨格標本の発見が『Science』誌の特集号で計11本の論文として発表され3)話題になったことは,まだ記憶に新しい。しかし,こうした初期人類の全身骨格が化石として発見されることは極めて稀であり,化石記録のみから直立二足歩行の起源と進化のプロセスを明らかにすることは,実際には非常に困難である。
猿まわしの芸ザルとして調教を受けたニホンザル(Macaca fuscata)は,顕著な二足歩行能力を獲得することが知られている。生得的に四足性であるニホンザルが,訓練により後天的に獲得する二足歩行をヒトのそれと対比的に分析することは,筋骨格系の形態的・構造的な相違が二足歩行の生成に与える影響を検証することを可能とする。そのため,高度な二足歩行訓練を受けたニホンザルは,初期人類の二足歩行の獲得と進化を考えるうえで重要な示唆を提供するものとして,自然人類学分野で注目されてきた4-11)。
一方,霊長類の歩行運動の研究は,動物の歩行運動の仕組みを明らかにしようとする神経科学分野においても,近年重要なパラダイムとなりつつある。脊髄動物の歩行の神経機構は,Sherrington12,13)やBrown14,15)らにより約100年前に研究が開始され,現在まで主にネコを対象とした電気生理学的研究によりその詳細な分析が行われてきた16)。しかし,ヒトやほかの霊長類では,皮質から脊髄運動ニューロンへの直接投射が存在するなど,歩行に関わる神経回路の構造がネコとは異なっていることが明らかとなっている17)。また,霊長類の四足歩行は,右後肢→左前肢→左後肢→右前肢の順番で接地するdiagonal sequence歩行を採用しており,右後肢→右前肢→左後肢→左前肢の順番で接地するほかの四足性哺乳類の歩行パターン(lateral sequence)と異なっている18-20)。したがって,ネコを対象として得られた知見が,ヒトやほかの霊長類の歩行生成機序の理解やその臨床的応用に,どの程度適用可能であるかは必ずしも明らかになっていない。このため近年,アカゲザル21-23),ボンネットザル24,25),ニホンザル26-29)といったマカク属を対象とした歩行の神経生理学的研究が数多く行われるようになってきている。さらにブレイン・マシン・インターフェース分野においても,神経活動情報から歩行の運動学的パラメータを抽出する試みがマカク属の二足歩行を対象に行われており30),神経活動情報に基づき脊髄損傷患者の自立歩行を支援する未来の身体装着型補助具の開発においても,重要な研究モデルとなりつつある。
このように,ヒトの直立二足歩行の起源と進化を探るうえで,またその神経制御メカニズムを解明するうえで,マカク属の歩行研究は近年特に注目を集めている。しかし,歩行運動は神経系と筋骨格系の力学的な相互作用によって織りなされる非常に複雑な力学現象であり,多数の筋活動を適切に調節することによって脚が地面から受ける反力を適切に制御し,身体の重心を転ばないように移動させる極めて巧妙な身体運動である。したがって,霊長類の筋骨格系の形態や構造の違いが歩行機能に与える影響を評価し,複雑な筋骨格系を協調的に制御し多様な環境に適応した歩行を生成する仕組みを明らかにするためには,解剖学的に精密な筋骨格モデルに基づく歩行運動の運動学的・生体力学的解析が不可欠である。本稿では,現在までわれわれが進めてきたニホンザル全身筋骨格モデルの構築と,それを用いた運動分析,および二足歩行シミュレーションについて紹介する。
Abstract
Bipedal walking of the Japanese macaque has recently emerged as an important paradigm for understanding the evolution and neuro-control mechanisms of human bipedal locomotion. However,locomotion is a very complex mechanical phenomenon that is generated by coordinated dynamic interactions among the sensory-motor nervous system,musculoskeletal system,and the physical world. To understand how biomechanical facilitation of locomotor function by the musculoskeletal system and locomotor muscle activation by the nervous system coordinate to generate adaptable locomotion,constructive simulation studies of locomotion based on an anatomical neuro-musculoskeletal model are essential. This review provides an overview of development of a 3-dimensional whole-body musculoskeletal model and computer simulation of bipedal walking in the Japanese macaque with a physiological model of the neuro-control system.
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