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アルブレヒト・フォン・ハラーは18世紀を代表する解剖学者であり,生理学者である。彼はスイスのベルンで法律家の家に1708年に生まれ,1777年に亡くなった。体温に関する研究で有名なブールハーフェや父アルビヌスのいるライデン大学を1727年に医学博士として卒業し,1736年に解剖学,植物学,外科学の教授として新設間もないゲッチンゲン大学に招聘された。ハラーは11年間をそこで過ごしたが,解剖示説室と病院を備えた新設大学は,学会の【創】設や学術雑誌の刊行などによって近代的なものになっていった。ゲッチンゲンに在職中はいろいろな実験を行い,特に神経系の研究では生体解剖を行った。また在職中に人体解剖を364体行ったという。ハラーとモルガーニ(本連載第9回参照)は手紙のやり取りをしており,その一部が今日も残っている。ハラーがスイスに戻った理由は明らかにされていないが,ゲッチンゲンでは彼に敵意を持ってみる人が多くいたと言うことは事実らしい。彼の研究はスイスに戻った後,1752年にゲッチンゲン大学で報告され,翌年に“De partibus corporis humani sensibilibus et irritabilibus”(人体の感覚性および被刺激性部分について)として論文になった。これは筋のirritability(被刺激性)と神経のsensibility(感覚性)とを対比するものだった。ハラーは神経を感覚の元と考えており,運動神経と感覚神経を分けるもう少しのところまで行った。神経が素早く伝わる理由として,眼に見えぬくらいの,しかしながら熱・蒸気・電気・磁気よりも物質的なわずかの液体が伝えると考えた。そして彼は,伝達は2,700m/secのスピードで行われると計算をした1)。
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