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はじめに
コミュニケーション障害の支援は,IT(情報技術)に課せられた重要な使命の1つである。筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)の場合は,病状の進行とともに構音障害が起こり,さらに人工呼吸器を必要とする段階まで進んで,発声能力を完全に失う例も多い。しかしこの段階に至っても,今日では,残存する随意運動能力を有効利用し,PC(パーソナルコンピュータ)などの支援機器の助けを借りて意思伝達を行うことが可能となっている。
わが国では,五十音表を利用したコミュニケーション装置が一般的に利用されている。近い将来の有望な技術の中には,視線による文字入力装置1)がある。これは,五十音表上の文字を見つめることにより直接的に選択を行うものであり,眼球運動が残存している多くの患者に適合することができるものと期待されている。
これに対し,長い歴史を持つスキャン型の文字入力は,既に広く利用されている技術である。介護者が,五十音表が印刷されたコミュニケーションボードを手に「あ,か,さ,た,な……」と指で文字を追って患者の意思を確認することは現在でもよく行われているが,これをPCが代行するのだと思えばよい。PCが人に取って代わることの素晴らしい点は,応用範囲が広いことである。スキャン型のコミュニケーション装置を利用して,目の前の介護者とだけでなく,日本中の友人とeメールを楽しんでいる患者も多い。
スキャン型の文字入力にはいくつかの種類がある。これを,ユーザーに求められる残存能力の少ない順に列挙する。
(1)自動スキャン(1スイッチ)
(2)手動スキャン(1~2スイッチ)
(3)二次元手動スキャン(4~5スイッチ)
ところで,スキャン型の文字入力は,視線やキーボードなどによる直接入力方式に比べ,はるかに時間がかかるという欠点を持つ。上述した順序は,入力速度が遅い順でもある。コミュニケーションボードの例で挙げたような方式は,自動スキャンに相当する。自動スキャンは,どこか1カ所でも運動能力が残っている部位があれば適用できるという特長があるが,その反面,あらゆる文字入力方式の中で最も遅いものの部類に入る。
無論,自動スキャンにおいても,正確なタイミングでスイッチ操作ができるならば,カーソルの移動速度を上げることで原理的にはいくらでも速く入力することができる。しかし,ALS患者は筋力が低下しているため,健常者に比べてスイッチ操作タイミングははるかに不正確となる。2スイッチやジョイスティックによる手動スキャンを利用できる場合は,タイミングの正確さは不必要となるが,1スイッチしか使えない場合には,カーソルの移動速度を大幅に下げざるを得ない。ALS患者の場合,カーソルのステップ間隔は500msから2,000msの間に設定されているのが一般的である。これは,日常会話における平均発話長を10モーラとすれば,1発話を入力するのに平均45秒から180秒の時間を要することを意味する2)。こうした低速さが,スキャン型文字入力のユーザーにとって最も不満な点であり,ほかに代替手段がない場合に,やむを得ず利用する方式であると位置付けられるゆえんである。
スキャン型の文字入力の低速さを改善する可能性はいくつかある3)。カーソルの移動速度を上げるのが単純な方法だが,当然正確さとのトレードオフになる。古くから研究されている高速化法は,文字の配置を入れ換える方法4)である。スキャンが開始する列または行の近傍に,高頻度で使われる文字を配置すれば,カーソル移動の待ち時間を減らすことができる。この方法の問題点は,五十音表の場合とは異なり規則性なく配置された文字の中から,入力したいものを探さなければならないところである。理論上は高速でも実際にほとんど使われていないのは,こうした困難さのためである。
根本的な速度向上のためには,自然言語の性質を利用することが有効である。POBox5)を採用した携帯電話では,辞書を利用した予測入力によって,1文字ずつ入力するよりも少ないキー操作回数で単語の入力が行えるが,これは自然言語の冗長性(文字の選り好み)のためである。Windowsプラットフォームでは,POBoxに基づいた文字入力支援プログラムPeteを利用することで,スキャンによる単語予測入力が可能である。
本稿では,筆者らによるスキャン型文字入力の効率改善をねらった最近の試みを紹介する。いずれも自然言語の性質を利用したものであるが,POBoxとは違った視点に立脚しており,原理的には併用も可能である。第Ⅱ節で紹介するのは,スキャン時のカーソルを複数用いる方法である。この方法では文字が一度に2つずつ選択されるのであるが,一体どちらの文字がユーザーの意図した文字かを決定するために,言語の確率モデルが用いられている。Ⅲでは,スキャン法による文字入力の自動誤り訂正方式を紹介する。この方式は,複数カーソルに基づいた方法を発展させたものであり,通常のスキャン型文字入力と同程度の正確さで,飛躍的に高速な入力を可能にするものである。
Abstract
Supporting communication disorders is one of the most important tasks that Information Technology is imposed. In this commentary, recent progress in improving efficiency of the scanning communicator, on which considerable number of amyotrophic lateral sclerosis (ALS) patients are relying, is presented. Scanning is a human interface for selecting items such as commands or characters. Scanning communication aids are widely used by a number of physically-challenged people. However, it has a serious disadvantage of its time-consuming input operation. The author's group has developed a novel scanning input method, which is called pairwise scanning. It adopts multiple cursors for accelerating character selection. A sequence optimization algorithm with a statistical language model finds the most likely combination of characters that the user is expected to input. Assuming 95% precision in the estimation, proposed method can accelerate the communication throughput up to 30%. The author's another approach is the automatic error correction in scanning input based on statistical language model. The key idea is to model the individual user's motor characteristics by examining her/his switch timing distribution, which yields another statistical model called switch timing model. A dramatic improvement to the accuracy is obtained by introducing the model. As a result, proposed method improved the character correct rate from 77.7% to 97.7% for an ALS patient.
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