シネマ解題 映画は楽しい考える糧[88]
「おくりびと」
浅井 篤
1
1東北大学大学院医学系研究科社会医学講座医療倫理学分野
pp.946
発行日 2014年10月15日
Published Date 2014/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1414200022
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死者に対する日本人の相反する思いと,自分の想いの伝え方
本作は日本映画歴史上初めて,米国アカデミー外国語映画賞(第81回)を受けた作品です.主人公の大悟が遺体を棺に納めるのを業務とする納棺師として働くことになり,雇い主の佐々木をはじめ多くの人々と出会い,死者をあの世に送るプロとして成長していくお話です.大悟と美香(妻)を中心とした家族の物語として観ることもできるでしょう.死はいつでも社会的に大きな関心事です.一方で死は,常にタブー視されてきました.本作は多くの死と死者,納棺師を正面から描き,観る者に日本人の死生観を改めて考えさせてくれます.死とは何か,生と死はどのような関係にあるのか,そして死者の尊厳はいかなるものと認識されているのか,そして死穢(死の穢れ).語るべきことはたくさんありますが,今回は死者に対するわれわれ日本人の相反する思いと,自分の想いの伝え方について,ちょっと考えてみましょう.
大悟の妻美香が彼の仕事について知り,触れようとする夫に向かって「さわらないで.けがらわしい」と叫ぶシーンは,本作品の最も印象的なシーンの一つでしょう.大悟の仕事を知った幼なじみも,そんな仕事はすぐにやめるように言います.「死者は穢れている」という昔ながらの日本人の感覚は,文献学的には神話『古事記』の中の神の身体が腐り,蛆が湧いていたエピソードまで遡ることができるそうです.死穢の感覚は死者に触れる者にまで及び,現代社会においてすら納棺師は差別されています.その理由は何でしょうか? はっきり分かっていないと思います.生きている者の本能かもしれません.
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