コーヒーブレイク
おくりびと
安東 由喜雄
1
1熊本大学大学院医学薬学研究部病態情報解析学分野
pp.263
発行日 2009年3月1日
Published Date 2009/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543102391
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私は四半世紀ほど前に熊本大学医学部を卒業し,第一内科に入局した.研修医としての最初の患者は多発性骨髄腫を患っていた.当時,血液系の腫瘍の治療は今よりも未成熟で,手遅れの状態で入院してくる患者も多かった.50代の女性患者Wさんも入院した時点でかなり進行しており,申し訳程度の化学療法しか行うことができず,半年ほどの闘病の後「先生,きつかです」という言葉を残して消え入るように逝った.
彼女は優しく寡黙な患者で彼女ならきっと許してくれそうな気がしたので,思い切って夫に解剖の交渉をしてみた.夫は「先生の勉強になるのなら」と同意してくれた.通常,葬儀屋が運んできた棺に納棺した形で解剖室を出ることになる.解剖終了時には病棟のベテランナースが私たち研修医を指導するような形で,侵襲を受けた身体や顔を丹念に拭き,薄化粧をしてくれるシステムになっていた.「まーWさん綺麗かー」一人のナースがWさんに語りかけるように囁いた.Wさんが入院して以来,一度も化粧姿を見たことがなかった私ははっとしたが,“いざ旅立ち”という彼女の顔を見て,確かに心からそう思えた.私はその後かなりの数の剖検にかかわりこのようなシーンは何度も見てきたが,あの二人のナースの優しい振る舞いを今でも忘れない.映画「おくりびと」を見ていて,このふた昔以上も前のエピソードをしきりに思い出した.私たちの臨床活動の刹那刹那で,多くのベテランナースはしばしば,やさしく,状況をよく理解した対応をしてくれることに感動するが,あのナースたちも心のこもった「おくりびと」であったのだと心から思う.
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