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◆教える者としての指導医の役割は,研修医の学びと成長を援助することである.それは,研修医と一緒に悩み,学ぶことで可能になる.そしてそれにより,指導医も医師として成長できるだろう.「教えることは学ぶこと」である.
Case
卒後5年目のK医師は,今年から卒後1年目の女性研修医の指導担当を任せられている.自分も患者を受け持っていて結構忙しいのに,右も左もわからない研修医の指導もしなければならないことに多少不満もあったが,新しい役割をちょっと楽しみにしている自分もいた.担当の研修医が最初に受け持った患者は高齢の女性で,急性腎盂腎炎の疑いで入院していた.K医師は,すでにこの疾患についてはかなりの経験があり,研修医に急性腎盂腎炎の臨床像の特徴から抗生物質の選択の仕方について,熱心に講義をした.とにかく研修医に何かを伝えることが指導医の責任であり,できるだけ多くの知識や技術を与えなければならないと思っていた.研修医は熱心にメモをとり,1日に2回は患者のベッドサイドを訪れていた.
入院4日目になって,患者は熱も下がり,食欲も回復した.さらに,病歴からアルツハイマー病があることがわかっていたので,早期に離床させたほうがよいとK医師は判断し,研修医に「明日から,どんどん歩いて,リハビリするように患者さんに言ってね.足が弱って動けなくなるからね」と話し,研修医はその旨を患者に伝えることにした.
患者にリハビリを勧めたその日の夜8時頃,ナースステーションにその患者が入ってきた.患者は怒っていた.カルテを書いていた研修医を指差しながらで強い口調で言った.「この人,病人の私に向かってエアロビクスやれなんて言うのよ! とてもお医者様の言葉とは思えないわ! 私みたいな目にあう人がほかにいると思って,言いたくないけど言っているのよ.……冗談じゃない! 私はもう退院するわ!」
研修医はショックで呆然としていた.私はそんなことは言ってない……入院してから毎日一生懸命やっていたのに……わかってくれないんだ…….その場にいた看護主任がすぐに患者をなだめてくれ,その場は収まった.そして研修医に「先生,あの患者さんは痴呆があるのよ.あれは病気が言わせているのよね.気にしないでいいと思うよ」と声をかけ,なぐさめた.その日のうちに,研修医はアルツハイマー病の症状に関する総説を夢中で読み,短期記銘力の低下や人格の変化について学んだ.急性腎盂腎炎に気をとられていて,勉強していなかった内容だった.指導医K医師は翌日に研修医からそのエピソードの報告を受け,「大変だったね.高齢者では,せん妄とか不穏とか結構あるからね.熱が下がったから,退院させて外来フォローでいいんじゃないかな」と話した.
患者が退院して数日後,研修医はK医師に言った.「私,あの後,患者さんのところに行くのがつらい,担当を代えてもらいたいって思ったんです.主任さんは病気がそう言わせているのだからって言ってくれたんですけど,私はそういうふうに思うことができなかったんです.でもその後,患者さんの旦那さんとお話ししてわかったんですが,旦那さんはほんとに奥さんのことを愛してるんですよね.それを知ってから,患者さんの治療をちゃんとやらなきゃ!と思えたんです.まあ,患者さんは次の日には私に言ったことなんか忘れてたんですけどね(笑).今は,あの時逃げずに患者さんと向かい合えてよかったと思ってます」
K医師はその言葉を聞いて,自分が医者になりたての時に受け持った患者たちのさまざまな記憶がよみがえってきたのだった.
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