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他誌に投稿中の症例報告を目にする機会を得て,世にも不思議な現象があるものだと興味を引いた.その症例は「腎癌術後多発転移に対して,腸骨転移への放射線治療で肺転移が自然消失した1例」である.著者らは考察の中で,自然消失の機序としてアブスコパル効果(遠達効果)によるものと推論している.自然消失というとすぐに思い起こされるのは,転移性腎癌症例において腎摘除術を行った後に起こる転移巣の自然退縮(spontaneous regression)の現象である.自然退縮を起こしやすい癌腫として腎癌,神経芽腫,悪性黒色腫,絨毛癌などで,この4疾患で70%を占めるとの報告がある.悪性腫瘍の自然退縮のメカニズムとして,宿主に何らかの免疫学的活性化をもたらす事項や,腫瘍の増殖環境の変化や細胞崩壊,形質の変化をもたらす事項が考えられているが,詳細な機序は不明である.しかし,筆者が理解するところではアブスコパル効果は自然退縮とは狭義の意味で必ずしも同一現象ではないらしい?
アブスコパル(abscopal)効果とは,‘ab’-away from, ‘scopus’-targetすなわち「遠くの病変に狙いを定めた効果」という意味で,放射線照射後にがん細胞のMHCクラス1の発現の増強により樹状細胞/マクロファージに抗原の提示・伝達が促進され,適応免疫応答が活性化されることによって非照射部が縮小する現象である.1953年にMoleらにより命名されたが,これまでの従来型照射では発現頻度が低いこと,効果が弱いことからほとんど注目されてこなかったという.しかし近年,PD-1抗体/PD-L1抗体やCTLA-4抗体など免疫チェックポイント阻害(immune checkpoint inhibition : ICI)薬の登場によって,アブスコパル効果が注目されるようになり,がん治療のトピックスの1つとして免疫放射線療法(immuno-radiotherapy)が大きな期待を集めていることをこの機会に知ることができた.放射線治療の局所効果により誘導される抗腫瘍免疫を増強するキー分子としていまだ不明であるが,鈴木義行氏(福島県立医科大学医学部放射線科腫瘍学講座)らは,放射線治療による腫瘍特異的免疫の活性化には,放射線治療により誘導される腫瘍細胞からのストレス蛋白であるhigh-motility group box1(HMGB1)などdamage-associated molecular patterns(DAMPs)が関与し,複数の腫瘍特異的細胞障害性Tリンパ球(CTL)が増加していることを認めている.そして,CTLA-4抗体の投与により放射線の局所効果が増強されることを見出している.アブスコパル効果の機序の1つとして,照射された腫瘍細胞の中でup-regulatedされたp53を介して全身性に血管新生を抑制することで腫瘍消失を導くと考えられている.また,照射された腫瘍は,ある種ワクチンとなる可能性があり,さまざまな方法で治療に組み込めるin situワクチンと呼ばれている.さらに,アブスコパル効果の予測可能なバイオマーカーとして,絶対的リンパ球数のほかに,変異KPNA2,TREX1,INF-B,phosphorylated H2AXなどが報告されている.
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