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1 診療の概要
溢流性尿失禁は,膀胱内に尿が過度に充満し,腹圧動作などで尿道抵抗を超えたときに少量の尿失禁が出現する状態をいう。常に多量の残尿と排尿困難があるにもかかわらず尿失禁を起こすので,「奇異性尿失禁」と表現されることもある。残尿により有効膀胱容量が減少するため,頻尿・尿失禁という一見蓄尿障害と思われる症状を呈するが,この病態の本質は尿排出障害であり,通常,排尿筋の収縮力低下か下部尿路通過障害がその原因として関与している。日常よく遭遇する例では,抗コリン薬(総合感冒薬,尿失禁治療薬,鎮痙薬として)や抗ヒスタミン薬(総合感冒薬,アレルギー治療薬として),抗うつ薬・向精神薬(うつ病,精神病などの治療薬として)の過剰服薬や薬物副作用,糖尿病による末梢神経障害や排尿筋収縮障害,子宮癌や直腸癌の手術後遺症としての骨盤神経障害,そして脳・脊髄変性疾患や脳血管障害に伴う神経因性膀胱などが排尿筋収縮障害から溢流性尿失禁を引き起こす原因として挙げられる。また,男性では前立腺肥大症や前立腺癌,尿道狭窄が,女性では高度な膀胱瘤や子宮脱が下部尿路閉塞による溢流性尿失禁を引き起こす(表1)。
設問の症例の場合,脳梗塞の既往があることから原因は排尿筋収縮力の低下を伴う神経因性膀胱と考えられる。脳血管障害に伴う尿失禁は排尿筋の不随意収縮による切迫性尿失禁であることが多いので,自覚症状から「過活動膀胱」と判断して安易に抗コリン薬治療を開始してしまうことがあるが,この症例のように多量の残尿を有する溢流性尿失禁であることも少なくないので注意を要する。神経因性膀胱に伴う溢流性尿失禁では,患者が苦痛を訴えないため残尿を見過ごされ,水腎症や腎後性腎不全の状態をきたしてから発見されることがあるので,特に注意深い観察が必要である。
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