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2000年9月15日から17日までの3日間,第6回日本-中国合同皮膚科学術会議が西安において開催された.1988年に第1回が北京で始まって以来,上海(第2回:1990年11月),大連(第3回:1992年10月),成都(第4回:1994年9月),北京(第5回:1996年10月〉と中国各地で回が重ねられてきたが,1998年アジア皮膚科学会が北京で行われた兼ね合いもあり,このたび4年振りに第6回の開催となった.秦,漢,随,唐で都が置かれ中国4000年の歴史で長安と呼ばれた古都西安は,日本の平安京,平城京がモデルにして造られたことがよく知られており,日本人にもなじみ深く感じる歴史深い街だ。今までも幾たびか当地での開催が望まれていたそうだが,今回JASから西安への成田空港,関西空港直行便が登場し満を持しての開催となった.会場となったシャングリラホテル(金華飯店)は西安市街東部にあり,落ち着いた雰囲気の立派な一流ホテルであった.
学会の印象であるが,私のような英語で発表した経験はあっても海外で学会発表をするのは初めての若輩者にとっては,何もかもが目新しく感じられ,すべてのことが素直に受け入れられてしまう.シャングリラホテルに宿泊していた私は初日の15日の朝7時半,発表するA,B,C会場,そしてポスター会場はどうなっているのだろうとそっと見学にいった.そこではまだ大工仕事をして看板を作っている人あり,椅子を並べている人ありの雑然とした有様.まっすぐに歩くことのできるスペースもなく,いろいろなものが絨毯の上に散在していた.とてもその1時間後にOpening Ceremonyが迫っているとは思えなかった.しかも誰もが特別慌てている様子もない.何回か自大学での学会開催を経験した時の慌ただしさを思い起こして,本当に始まるの?と不安を覚えた.それでもきちんと8時半にはOpening Ceremonyは始まっていた.こののんびりした雰囲気はどうやら中国側では変わりなく受け継がれているらしい.さぞかし日本側事務局の先生方もやきもきされたことだろう.その中で設営された会場は大変立派なもので,製薬会社の援助がかなり大きい印象を受けた.もちろんこれは12年前には考えられなかったことで,私のBossのように第1回から本学会の発展に尽力されてきた方々にとっては,当会の盛況はさぞかし感慨深かったことであろう(この辺のお話はT.N.教授による本誌「あとがき」54巻11号も参照).学会登録者は,その後に中国皮膚科学会が合わせて開催されたこともあって中国側220名,日本側130名と,これまた盛況であった.
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