- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
("扁平苔癬"のつづき)
構成上,扁平苔癬の丘疹は,毛嚢の周囲に滲出を伴う充血であつて,角質性の透明な薄い表皮の層によつておおわれている。そして毛嚢の開口部とその円錐状の表皮の栓とは角質板の中心に認められる。丘疹の角質性のおおいは決して鱗屑ではない。それは丘疹に沿つて起伏し,剥離したり脱落したりすることはない。丘疹が治癒の経過中消退するとき,その角質性のおおいは,なお残留し,剥脱することなくて,しだいに消失する。この疾患の一形においては,各中心孔の真上には,高まることなくて,微細な角質の小板が存し,皮膚の表面は光る金属の小片あるいは雲母の輝く細粒子をはめこんだかのように見える。ただこの微小片は表皮の他の部分とまつたく同質のものである。このことは,くどくいう必要もあるまいが,ただ孤立性の発疹,個別の丘疹にだけ当てはまるのである。発疹の融合形においては,新たな要素が入りこんでくる。すなわち,広がつた滲出,剥脱,落屑が起こり,既述した丘疹の角質性のおおいは,表皮の他の部分と一緒に剥脱する。この剥脱が生ずると,角質板の下面と毛嚢の表皮性の内張りとは連続していることが認められて興味深い。しかし,この時期に達しても,角質板は正しい意味での"鱗屑"ではなく,栄養の一時的停止の結果,表皮の他部と同様に離脱した,脱ぎ捨てられた表皮の一部にすぎない。
扁平苔癬の症状は主要な2形を示す,孤立形と集合形とである。一般の始まりは孤立性の発疹としてであるが,体のある一部位に孤立した丘疹としてあるいは諸所に散在して現われる。そこここでは,少数の丘疹が相い接して発疹し,あるときには同時に,さらに多くは引続いて出現する。そのとき丘疹の間の皮膚は発赤して浸潤し,その結果生ずる局面は,炎症を生じて浸潤を示す基部によつてつながれた丘疹の集団から成るのである。数多くのかかる局面には,孤立性の発疹があるいは多く,あるいは少なく混在する。局面の大きさは直径1/2インチから数インチに2)たり,ときには四肢の一つをり広くおおうこともある。この集合形発疹において丘疹間の充血と浸潤とはもつとも重要な考慮すべき点である。すなわち,浸潤した皮膚はしばしば丘疹の頂の高さまで隆起するので,丘疹はいわば埋没したようになり,これが広汎な落屑と混じ合つて,診断を確かにするためには,孤立性の丘疹を局面の周辺や体の他部に探さなければならなくなる。しかし,しさいに観察すれば,各個の丘疹の形は局面の中ににいてさえ発見できる。そして,とくにすでに述べたその構成の特異性,すなわち落屑する表皮と毛嚢上皮との連続性を観察しうるのである。まれならず,融合性局面はその形が環状で,その大きさが小さいので,尋常性乾癬(lepra vulgaris)と誤りやすい。とくにこの種の局面は周辺に増大し,中央のくぼむ傾向があるのでそうである。しかし本症においては乾癬の鱗屑の存することは決してなく,また既往歴,好発部位,個疹の存在は診断を確実にする。他面,融合性の広い局面は慢性湿疹のあるものに酷似するので皮膚病を見つけていない者が誤つたとしても,これはいたしかたがあるまい。最近,本症に悩んでいるひとりの患者をみたが,経験豊かなある皮膚科医がこの患者の皮膚病に下した診断名はlichen agrius pruriginosus(注:このラテン語の直訳は瘙痒性重症苔癬。重症の慢性湿疹を古くこの名で呼んでいた)であつた。
Copyright © 1971, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.