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生まれ育った群馬を離れ京都へと移り,言葉も違う土地でやっていけるだろうかと一抹の不安を感じながら迎えた最初の外来患者さんは,清楚な着物姿の初老の女性であった.優雅な物腰で診察室の扉を開けるなり彼女は,「せんせぇ(注:アクセントは冒頭の「せ」),かゆいどすえ」と訴えた.着物の裾を割って診察させていただくと,下腿は粃糠様落屑を伴って乾燥し,訴えを裏付けるように掻破痕が散在していた.皮脂欠乏性皮膚炎との診断を確認し,「皮膚が乾燥して痒みが生じる病気ですよ」と説明を加え,「乾燥を予防するためにピンクの大きなチューブに入った薬を,症状の強い部位には強い薬である緑の小さなチューブを使って下さい」と説明した.こうして,最初に迎えた患者さんは,自分が京都に越してきたという事実を強烈に印象づける一方で,皮膚科を訪れる患者さんの訴えはそれほど変わらないかなと安心感も与えてくれた.
しかしながら,彼女の症状はいっこうに改善せず,毎週のように私の外来を訪れ,この着物の女性は京都での初めての馴染みの患者さんとなった.そして,診察室の扉を開ける上品な仕草さも,「せんせぇ,かゆいどすえ」という訴えも,変わることはなかった.腑に落ちないのは,保湿剤としてヘパリン類似物質含有軟膏を処方しているにもかかわらず,いつ診察させていただいても肌はさざ波状に落屑を付し,見事に乾燥していることだった.あまりにも症状が改善しないので,ある日,「ピンク色の大きなチューブの薬はきちんと塗っていますか?」と尋ねてみた.すると彼女は毅然とした態度で,「せんせぇ,強い薬がよう効きしませんのに,弱い薬が効きますか?」と逆に諭されてしまった.彼女に言わせれば,「強い薬をいくら塗っても症状が改善しないので,弱い薬は塗る気もせずほとんど使っていない.しかし,先生が処方してくれる薬を断るのも悪いので,家にたくさん置いてある」とのこと.
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