連載 ほんとの出会い・16
ことば,その弱さ,その強さ
岡田 真紀
pp.595
発行日 2007年7月15日
Published Date 2007/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688100856
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- 文献概要
長男が小学1年生の夏,インドネシアのジョクジャカルタに母子旅行をした。当時,民族音楽学者,故小泉文夫先生の伝記を書いていたので,先生と親しかったインドネシアのガムラン奏者を訪ねたのだ。そのお宅に泊まらせていただいた時のこと。息子をおいて用足しに出かけて帰ってみると,息子を輪に囲んで音楽家の若い妹や弟たちが息子といっしょにキャッキャッと笑い転げている。もちろん息子はインドネシア語は話せず,訪問先の家の人たちは日本語など分からない。それなのになぜかコミュニケーションが成り立っている。拙い英語に頼ろうとする私など,とても人を笑わせることなどできない。
フィリップ・クローデルの『リンさんの小さな子』も,言葉の意味を介さずに結ぶ深い友情の物語。アジアのどこかからやってきたリンさんは,早くに妻を病気で失い,ついで戦火で息子夫婦を焼かれ,生後まもない孫娘と6週間も船に揺られてフランスとおぼしき国に逃れてきた難民。この国のバルクさんも奥さんをなくし,その寂しさを紛らわせるために,奥さんが働いていた遊園地のそばのベンチに座って回転木馬を眺めている。この二人がベンチで知り合う。バルクさんは,リンさんに奥さんとの昔話を語り続ける。リンさんは言葉の意味はまったくわからない。けれども,バルクさんの声を聞くのが好き。「深い声,発せられる言葉の意味がわからないから。傷つけられる心配がなく,聞きたくないことを言われることも,つらい質問をされることも,無理やり過去から引きずりだされ,血まみれの遺体のように放り出されるという心配もないから」
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