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はじめに
われわれ人間の生活において,古くから嗅覚は非常に重要な役割を果たしている。匂いは本来,危険の察知や有害物質の識別など,主に個体維持や保存の目的をその役割としてきた。しかし,最近では匂いその物がもつ,感情を豊かに高揚させるような匂い物質が抽出され商品化されるようになってきており,現在われわれが文化的生活を送るうえで匂いは必要不可欠なものとなっている。またこの日本においては,遠く奈良時代から香りの文化が始まり,その後世界に誇り得る香道という薫りの文化が創造され,現在までいろいろな流儀に分かれながら発展している。このように匂いは生活に直結しているにもかかわらず,匂いの科学は味の科学とともに,その他の感覚に比べて研究が進んでいないのが実状である。これは嗅覚が化学受容器を介して刺激を受けるために,光や音といった物理的刺激による視覚や聴覚と異なり,刺激量を定量的に正確に測定することが困難なためである。したがって現在行われている嗅覚検査は,被検者の主観に頼った自覚的嗅覚検査が主流で,客観的に嗅覚を評価する他覚的嗅覚検査法は未だ日常臨床で確立されていない。しかし最近,増加が著しい交通災害や環境汚染などに伴う嗅覚障害の判定を行うためには,客観的に嗅覚障害を評価できる他覚的嗅覚検査法が必要となっている。これまで本邦においても,ニオイ刺激に対するいろいろな生体反応の変化を応用し,客観的な他覚的嗅覚検査としようという試みがなされてきている。ニオイ刺激に対する皮膚電気反応(1965,浅賀ら)1),呼吸曲線(1968,梅田ら)2),瞳孔反射(1971,西田ら)3),心拍数(1986,島田ら)4)など生体の変化を指標とする方法である。しかしいずれも客観性に乏しく臨床的に用いられるには至らなかった。1954年Ottoson5)はニオイ刺激に対しウサギの嗅上皮に発生する遅い電位を見いだしており,その後カエルの嗅上皮について詳しい研究がなされている6)。また高木らは,カエルの嗅上皮から同様の電位を記録している7,8)。このようなニオイ刺激による誘発電位を指標として嗅覚を他覚的に判定する目的で,ヒトの頭皮上で記録される嗅覚誘発反応(odorant evoked response:以下OERと略す)についての研究が行われるようになり,1966年Finkenzeller9),1967年Allisonら10)の報告がみられ,それ以後も研究が行われているが,本邦では外池ら(1979)11),大峡(1982)12),白石ら(1986)13),加藤(1991)14)などの報告がある。一方,原脳波を指標とした方法は市原ら(1963,1964)15,16)によって報告されているが,記録用紙に記録された原脳波を主観的に観察するだけであり,脳波の微細な変化を客観的にとらえることは困難であった。しかし.原田ら(1995)17)はニオイ刺激に対する脳波変動を他覚的嗅覚検査法として応用するために,高速フーリエ変換を用いて脳波の周波数分析を行い,周波数帯域別の等価電位の頭皮上における分布を二次元的に表示した二次元脳電図を用いて,ニオで刺激に対する脳波変動を空間的に表示した。さらにその周波数成分の位相関係をみるために,コヒーレンス分析を用いて脳波信号の周波数成分の頭皮上各電極部位間での相関性をみた。他覚的に嗅覚を判定するための方法として,これまでわれわれが行ってきたニオイ刺激による原脳波の周波数分析法,コヒーレンス分析法,嗅覚誘発反応について述べる。
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