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Ⅰ はじめに
鼓膜穿孔の閉鎖は組織再生の過程である。近年,病気や損傷を受けた組織や器官を修復するための組織工学はめざましい進歩を遂げている。組織や器官の再生のためには細胞,足場,そして増殖因子の三要素の操作が必要である。さらに,三要素に加えて血流の供給があれば組織再生は得られるとされている。鼓膜穿孔の閉鎖過程は,失った組織を体の中の『その場所で』再生させるin situ tissue engineeringの過程といえる。
これまで行われてきた鼓膜形成術は,ピックなどで穿孔縁を新鮮化することにより細胞を供給できる状態とし,側頭筋膜や軟骨膜などの移植片を足場として用いてきたが,通常外因性の増殖因子は用いられなかった1)。これに対して,外来で行われてきた鼓膜穿孔閉鎖法は,穿孔縁を化学的に刺激した後に,紙,綿花やプラスチックのパッチを足場として用いてきた。この方法は主に急性・亜急性の外傷性鼓膜穿孔に対して行われてきた。一方,非外傷性鼓膜穿孔に対するペーパーパッチを用いた方法の穿孔閉鎖率は,30%以下の報告が多い2,3)。
近年,眼科領域でdry eyeや角膜上皮欠損の治療に自己血清点眼療法(autologous serum ear drops therapy:ASET)が行われており,良好な成績が報告されている4,5)。血清にはfibronectin,transforming growth factor-β(TGF-β),epithelial growth factor(EGF)などの細胞増殖因子が含まれており,これらはin vitroやin vivoで種々の組織の増殖を調節し,創傷治癒効果を引き起こすことが知られている6,7)。また,自己血清はnon-allergicで安全である。抗菌薬の点耳薬と混合したり,小分けにして冷凍保存する使用法が試みられている。
当科では,外科的介入が不要で簡便な処置により治療が可能な鼓膜穿孔閉鎖法である,自己血清とキチン膜を併用したASETを行っている8)。ASETは穿孔縁の十分な化学的処置により細胞を供給し,足場としてキチン膜を穿孔縁上に留置し,自己血清点耳により持続的に細胞増殖因子が供給をはかる,in situ tissue engineeringの概念に基づいた方法である(図1)。
本稿では,ASETの方法,適応について述べる。
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