鏡下咡語
湾頭のライオン―翻訳・誤訳談義
廣瀬 肇
1
1東京大学
pp.813-815
発行日 2008年10月20日
Published Date 2008/10/20
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1411101339
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つい先日,近刊の音声訓練の本を日本語に訳そうとしている若い人から,“ここは大胆な型で書いておいて後から解説する”というところがどうもよくわからない,と相談があった。そこで,原文をみると“bold type”となっており,要するに“太字”で記載しておいて,その部分を後で解説するということであった。そのときには,パソコンでワードのツールバーに,太字変換に使うBというマークがあるだろうと説明して納得させたが,見慣れない表現や単語をいきなり辞書で引くと,こういうことも起こると思われる。
ありふれた単語でも思い違いでひどい目にあうことがある。この手の話で有名なのは,明治時代の原抱一庵の誤訳である。彼は翻訳者として当時かなり名声があったが,あるとき“lion at bay”を“湾頭に咆哮するライオン”と訳した。しかし,後になってこれが“bay”の意味の取り違えで,“追い詰められたライオン”とすべきであったと指摘されておおいに恥じ,遂に自殺したという。こうなると翻訳も命がけである(図1)。
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