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診療の場で患者さんを診察する場合には,まず確かな目でじっと観察することから始まる。眼科でも診療の出発点は視診である。ジュニアレジデントが研修を始めてまもなくは,患者さんと対面した時にどのような言動をとるか,じっと我慢の人になって見ている。どうしてああいう話し方をするのだろう,どうしてこういうことも聞かないのだろう,などなどである。新患の診療では,レジデントは予診をとり終わり,基本的診察を終えると診療担当責任者のところへチェックを受けるために持ってくる。いわゆるVorstellenである。レジデントの話を聞きながら,病歴を補足し,所見をチェックしていくが,なぜ,どうして,ここにある所見は何,などなどの連発となることもある。しかし,患者さんの前では,やさしく,ソフトタッチで,患者さんの不安を誘発しないように気配りながら,指摘すべきことはすべて行う。患者さんを前にして,強烈な指摘は避けるが,患者さんの退席を待って診療の問題点をすべて厳しく指導することになる。所見の見落としなどは見誤り以上に大きな問題であることを深く実感してもらわなければならない。このような経験を積み重ねて皆一人立ちしていく。今のレジデントの中には,厳しい言葉に耐えられない者も結構いるので,それぞれの性格などを見抜いて,ほどほどにと仏心が働くこともある。
手術でも同様に黙って観察することから始める。どのような手術でも,初めての執刀者となるときは,必ずその種の手術の助手を務め,直視下に見ているはずである。そして,手術の手順,それに伴う機器の使い方など一通りは心得ているはずである。鑷子,刀,剪刀など,ごくありふれた器具であっても目的にそって設計され,作られている。それらを理解して,合理的な使い方をすれば,安全に目的を達することができるし,器具も長持ちがする。本当に理解して手術を行なおうとしているのか否かは,黙って始めさせてみているとよい。とんでもないことをするようであったら,制しないといけないが,どうしてそうなのか,またそうするのかを問うと理解度を知ることができ,レジデントたちの指導に大変有益である。若き日に,私がフランス留学中にお世話になった先生方も,バックグランドがわからない人を教える場合には,まずその人の行為を黙って観察すると言っていらしたことを思い出す。当時,いきなり病棟で働かせて下さいと申し出て仕事を始めた自分が,先生方にどのように映り,理解されていたのか,今思っても顔が赤くなる思いである。
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